第356話 自分と自分のはざまで
「はっ!」
満は唐突に目を覚ます。
「あれ? 僕は居間にいたはずなのに……」
状況がよく分からなくて、体を起こした満は頭をついかいてしまう。
起き上がった満はふと自分の勉強机に目を向ける。そこにはなぜかノートのページが開かれた状態で置かれていた。
「なんだろう、これ……」
開かれたページに目を通す。
そこに書かれていたのは、ルナ・フォルモントからの伝言メモだった。
『すまんな、満。妾が直々にグラッサと話をした方がいいと思って、しゃしゃり出てしまった』
一行目にはそう書いてあった。
さすがにインターネット空間で長らく過ごしてきたせいか、日本語もしっかりきれいな字で書かれている。この適応力、さすが真祖といわざるを得ない。
『妾の意識とは別に満の女性化の頻度が上がっているのは、おそらく妾の方に体が適応していようとしてるのだろう。満よ、おぬしは女の方がいいと思ったことはないかの』
ルナ・フォルモントからのまさかの確認である。
満はふと考え込んでしまう。
満自身は確かに男ではある。だが、女に変身しまくるということは、女性に対して憧れを持っていないか、女性であることの方がいいと思っていないか、ルナ・フォルモントはそう尋ねているのである。
(う~ん、僕は女性の方がいいとは思ってないんだけどなぁ……)
満としての意識はこうなはずなのだ。
だが、現実では二日に一度女性に変身してしまうし、女性ものの服装にも体型にも完全になじんでしまっている。今日だって肩や首周りが大きく開いた半袖を着ている。下半身こそショートパンツではあるものの、白のニーソックスなのだからなんとも言い難いところだった。
『とにかく、配信を続けて妾の力を取り戻すことに集中しておくれ。自分を見失うでないぞ。飲み込まれるのではなく、コントロールするのだ。このままでは妾と満はひとつになる危険性もある。満が満でなくなる可能性の方が高いゆえ、しっかりと意識を持つのだぞ。ルナ・フォルモント』
ノートにはそのように書かれていた。
(僕が、消える?)
満は思わず自分の体をぎゅっと抱き締めていた。
ルナの言い分をそのまま信じるというのなら、空月満という人物が、ルナ・フォルモントに飲み込まれてしまうということなのだから。
(やだよ、そんなの……。僕は、僕なんだ。消えたくなんかない)
満は恐怖に体を震えさせている。
「ただいま。満ー? 満はいるの?」
「今帰ったぞ。さあ、お昼にしようじゃないか」
ちょうどその時、満の両親が帰ってきた。両親の声が聞こえてきて、満ははっと我に返る。
「あっ、お帰りなさい。ちょっと待ってて、すぐに行くから」
両親が帰ってきたことで、ネガティブな感情に落ち込みかけていた満はすっかり元に戻ったようである。
両親を心配させないためにも、自分は自分であり続けなくちゃいけない。その気持ちが、満をどうにか引き戻したようなのだ。
(ルナさんの忠告もあったんだ。僕が……しっかりしなきゃ)
ふんと鼻息を荒くしながら気合いを入れた満は、そのまま階段をどたどたと降りていったのだった。
夕食を終えた満は、自分の部屋に戻ってくる。
昼間は宿題と母親の買い物の手伝いをして過ごしたので、今は服を着替えている。
今日は配信がお休みの日なので、宿題の続きに取り掛かることにしたようだ。
とはいえ、昼前のこととルナのメモのせいで、気の紛れていた昼間とは違ってちょっと身が入らないようだった。
「はあ、僕はどうしたらいいんだろうなぁ……」
宿題の最中に、つい椅子にもたれて天井を見上げてしまう。
自分が消えるかも知れないなんて話を聞かされたせいで、満の心はちょっと空虚になりつつあるようだった。
だけど、その度に両親や幼馴染みたちのことを思い出して、思いっきり首を左右に振っている。
「ダメだダメだ。僕が弱気になっちゃいけない。ルナさんとだって約束したんだ。そのためにはアバター配信者を頑張り続けなくちゃ」
もたれるのをやめて、両手を握って気持ちをしっかりとさせる満である。
だが、ルナの力を取り戻させるといっても、具体的にどのような風になればいいのかということがよく分からない。アバター配信者として広く認知されることが一番だとは言われても、これだけチャンネル登録者数が増えたのに、あまり実感がないのである。
(ただチャンネル登録者数を増やせばいいってわけじゃないってこと? でも、そしたらどうすればいいんだろう)
満はつい考え込んでしまう。
見落としたことがないかと思い、満はもう一度ルナのメモしたノートを見る。
何度見ても、お昼に見た文面のままだ。
(だったら、このまま配信を続けて、とにかく登録者を増やしていけばいいんだよね。それでいいんだよね?)
満は改めて自分の胸に手を置いて問いかけてみる。
内なる自分となっているルナに、確認をしているのだ。
その時だった。
「わわっ。なんだ、僕の右手が勝手に……」
いきなりのことでびっくりしてしまう。満の右手が自分の意思とは関係なく動き出したのだ。
止めようとした満だったが、もしかしたらと思ってそのまま右手が走る様子をじっと見つめている。
『どうやら満は、妾の眷属を従える能力を無意識に使っているようだ。伝え損ねてすまない。この能力なしで登録者数を増やせるように頑張ってくれ』
追加された文章に驚いてしまう満である。
どうやら満は、吸血鬼の力を無意識に使っているというのだ。
ルナ・フォルモントからのメッセージに、満はますます混乱をしてしまう。
はたして満は、このままどうなってしまうというのだろうか。




