第355話 すべて彼の手に
「妾の使うつもりのなかった能力が、満を通じて漏れ出しておったということかのう?」
「その通りよ、ルナ・フォルモント」
ルナとグラッサの間で、なんとも雲行きが怪しくなっている。
二人の間の険悪なムードに、小麦はどうしたらいいのか困っているようだ。
「なるほどのう……。妾の目を見た相手をとりこにするという能力が、配信の時だけ漏れ出しておったということかのう。真祖たる者、配下を持ってこそなんぼというところだからな」
「そういうことね」
「でも、そんな能力がどうして配信の時だけ起きてたんだろう……」
能力のことは聞かさせていたものの、小麦にはまだまだ分からないことが多かった。
なので、グラッサとルナの二人に、改めて問い掛けているのである。
「なあに、実に単純なことだ」
小麦の質問に、ルナはあっさりとした態度を取っている。
「ちょっと、ルナ・フォルモント。そんなどうでもいいような態度を取るようなことじゃないでしょうに」
「妾にとってはどうでもいいことだな。信奉者が増えれば増えるほど、妾は力を取り戻す。そうすれば、満から分離して独立することも早まるというものだ。止める理由などあるか?」
「くっ、それは一理あるわね」
ルナの言葉に、グラッサは言いくるめられてしまう。
グラッサからのかみつきがなくなったことで、ルナは改めて能力の発動について考え始める。
「……妾が思うに、この体の主導権が満にあるからだと思うぞ」
「満くんのせいだっていうの?」
ルナの言葉に小麦が睨みつけるように聞き返している。さすがは一度惚れた相手だ。ルナの言葉とはいえ、聞き捨てならないようである。
「ドーター……。なるほど、そういうことなのね」
小麦の反応を見て、何かを察するグラッサである。
「さすがは母親。そういうところは鋭いな」
「褒められても嬉しくないわね」
「ちょっと、どういうことなのよ、ママ!」
小麦がぷんすかと怒っている。
グラッサは小麦の怒りを無視して、ルナに話の続きを振る。
「まあ、それはともかくとして、満くんが精神的に未熟だから、能力を止められずに影響を与えてしまったと、そういうわけなのね、ルナ・フォルモント」
「そういうことだな。というか、いい加減にフルネームで呼ぶのはやめてくれんか。妾のことを敵視している以外の感情を感じられんのだが?」
「敵でしょう、あなたは退治屋にとって」
「む……。まあ、そういうことにしておこうか」
ルナは頭をかいていた。どうやら、グラッサの説得は諦めたようだ。異形のものと退治屋は、どうしても相いれないようなのだ。
「しかし、妾としても困っておるのよな。妾が力を取り戻すよりも前に、満と妾との親和性の方が高まっておることにな……」
「どういうことなのかしら」
仕方がないので話題を変えることにしたルナだが、早速グラッサが食いついてきたようだ。
「今現在、満は男に戻っても翌日には女の姿になっておる。つまり、妾の力と親和性が高すぎるだけに、段々と女性化してきているのではないかと考えられるのだ」
「えっ、女になるのは吸血衝動が原因じゃなかったの?」
小麦が聞き返すと、ルナは大きく左右に首を振っている。つまり、否定しているということだ。
「妾は真祖の吸血鬼だぞ? その気になれば一週間吸わずとも平気なのだ。それが、二日に一度という吸血衝動を起こすと思うか?」
「あ……」
ルナの反論に、小麦は黙り込んでしまう。
実際、最初の頃の性転換は一週間だとかかなり時間が空いて起きていた。なので、吸血衝動による変身というのは否定されるのである。
「それゆえ、満が女の体に慣れてきたことによる弊害だろうなと考えておる。どこかで女でいいかという風に考えているのかもしれんな」
「そんな……」
ルナの話に、小麦は絶望に近い表情を浮かべている。
「あとは、風斗との関係もそうだろうな」
「風斗くん?」
「ああ。風斗のやつは、女の満のことをかなり意識しておるからな。この間、無事に解決したとはいえ、そう簡単に諦めきれるというものでもない。妾のような人外に取りつかれているわけだから、そういった願望の影響を受けることも十分に考えられる。だが、これを取り除くのは困難だろう。一番いいのは、満が妾の力を制御できるようになることだな」
「ずいぶんと難しい話ね。それこそ、私たちのような退治屋にでもならないと、身に付けられるようなものじゃないわ」
グラッサは唸り込んでしまう。
「もう一つ方法はあるが、これも現状は難しい」
「それは何かしら」
「妾が復活して、満に暗示をかけることだな。妾の影響を暗示で小さくすることができれば、少なくとも魅了の力は使えなくなる。女性化に関しては、満次第になるがな」
「なるほど。確かにそれも簡単に実現できそうにないわね」
結局、現状ではお手上げという結論のようだった。
「今の話は、メモにでも残して満に伝えることにするよ。満に解決する気があるのなら、妾は喜んで手伝うつもりだ」
「任せるしかないようね」
「すまんな。わざわざ日本にまで来てもらったというのに」
「構わないわ。ダーリンとドーターの顔が見れただけでも、やってきたかいがあるというものよ」
グラッサは立ち上がっている。
「なんだ、もう帰るのか」
「ええ、話は済んだようだからね。せっかくジャパンに来ているのよ。ファミリーで話をさせてもらうわ」
「そうか。気をつけて戻るのだぞ」
ルナは玄関まで移動して、グラッサと小麦を見送る。
二人が帰ったのを確認すると、すぐさま満の部屋に行って、ノートを取り出してメモを書き始める。
(すべてはおぬし次第だぞ、満。妾の力なんぞに負けてくれるな)
メモを書き終えたルナは、満に体を返すためにごろんと床に転がったのだった。




