第349話 突然の訪問者・後編
車を出してやって来たのは、春にもやって来た河川敷の公園だった。
あの頃はまだ程よい暖かさだったが、さすがに真夏のお昼はとてつもなく暑かった。
「うへぇ、外の暑さってシャレにならないなぁ。満くん、大丈夫?」
「う、うん。僕はなんとか大丈夫だよ。心配しないで、小麦さん」
小麦に心配された満だったが、汗をだらだらとさせながら、笑顔で答えていた。
なぜこの河川敷かというと、二人にとっては同じ街に住んでいた時の最後の出かけ先だったからだ。小麦がどうしてもというので、ここまでやって来たのである。
さすがにこれだけの暑い日中だと、出歩く人もほとんどいない。ランニングやサイクリングといった人がちらほらといるくらいで、親子連れの姿もほとんどなかった。
「さすがお盆の前って感じかな。もうどっか出かけちゃってたりしてるんだろうね」
「そうかも知れないね。去年は僕も親の実家に出かけてたから」
「あっ、そうなんだ。満くんの親の実家って近いの?」
「はい、高速使って二時間くらいだよ」
「ふむふむ、そっかぁ」
満の話を聞いて、小麦はにこやかに頷いていた。
「いいねえ。私の場合はパパは地元の人だし、ママは海外の人だし、実家に出かけるといってもハードルが高いんだよね」
「あっ、そっか。パスポート……」
「そそっ」
小麦は満の反応に笑っている。
小麦の父親は地元の人間なので、実家はすぐ近所だ。すぐにでも行ける。
ところが、母親のグラッサは外国生まれ。しかも、ヨーロッパである。飛行機では行きやすいものの、そこにいたるまでちょっとばかり面倒なのである。とはいえ、今通っている大学の学部のこともあるので、小麦はいずれパスポートは取得するつもりでいるようである。
「いやぁ、冗談抜きで、ママのパパとママに、満くんは紹介したいねぇ。吸血鬼に憑依されて平然としている人間なんて、まずいないからね」
「ちょ、ちょっと、何を言ってるんですか、小麦さん」
小麦の発言に、満はおろおろとしている。親の両親に紹介するということは、つまりそういうことだと考えているからだ。
「にしし、慌てる満くんも可愛いなぁ。いやぁ、やっぱり諦めたのはもったいないかな」
「ちょっと、小麦さん!」
満は顔を真っ赤にしながら、小麦に文句を言っている。小麦の言葉で、別れ際に頬にキスをされたことを思い出したからだ。
さすが片方の親が外国人とあって、小麦の発想は時々そっちに引っ張られてしまっているようである。
「まったく、からかうのはやめてほしいよ……」
「にししし、ごめんごめん。満くんが可愛すぎるから、ついね」
「……まったく反省してないじゃないですか」
にこにこと満面の笑みな小麦の隣で、満はすごく恥ずかしそうにしながら、しばらく河川敷の散歩を楽しんだのだった。
散歩を終えて車に戻ってくると、父親が二人を出迎える。
「やあ、もういいのかい?」
「もう十分だよ、パパ。このままだと満くんがちょっと危ないかなと思ったからね」
小麦の報告で満に顔を向ける父親。
満の顔は真っ赤になっていて、確かに危なさそうな感じに見える。
「そっか、とりあえず車の中に入って涼むといい。タオルがあるから、とりあえず汗を拭いてくれ」
「ありがと、パパ」
車に入って汗を拭くと、父親から飲み物を渡される。冷えた飲み物をぐいっと口に含む。
「ぷはーっ、やっぱり冷えたジュースはおいしいなぁ」
「まったく、女性がいうようなセリフじゃないぞ、小麦」
小麦の口から出てきた言葉に、父親は思わず苦言を呈してしまう。
父親からのツッコミに、小麦は照れたように笑っていた。
「あっ、パパ」
「なんだい、小麦」
「家電量販店に寄ってもらってもいいかな。性能のいいノートパソコンが欲しいんだ」
「いいけど、何のために買うんだよ、小麦」
「内緒だよ。とにかく欲しいったら欲しいの。自分の収益で買うからいいでしょ、パパ」
小麦からのおねだりに、父親はしょうがないなという顔をしている。
「あんまり専門じゃないけど、まあ、小麦がそこまで頼むんだったらしょうがないな」
「へへっ、ありがとう、パパ」
満面の笑みを浮かべる小麦に、父親は苦笑いだった。
親子の買い物に付き合わされることになった満だったが、満も満でいずれは来たいと思っていたので好都合だったよう。
パソコンとその周辺機器を見ながら、小麦と満はあれこれと話をしながら欲しいものを探していたようである。
さすがは、アバター配信者という共通点を持つ二人なので、そこはよく話が合うようである。
満は欲しいものが見つけられなかったものの、小麦は新しいノートパソコンをゲットして、ほくほくとした表情だった。
「へへへっ、これで外出先からでもレニちゃんを動かせるよ。そのためのカメラ付きだからね」
「まったく、小麦はよっぽど気に入ってるんだな、真家レニを」
「そりゃそうよ。私がここまでやって来れたのも、レニちゃんあってのことなんだからね」
ここまで言いきれる小麦の姿に、満はなんだかうらやましそうな表情を向けていた。
小麦の家まで戻ってくると、満は自転車に乗って自分の家に帰ることになる。そこで、小麦から声をかけられる。
「あっ、満くん」
「なに、小麦さん」
「また、一緒に配信しようね」
どこか恥ずかしそうにいる小麦に、満は柔らかな笑みを浮かべて答える。
「もちろんですよ。レニちゃんは僕の憧れだし、一緒に配信して楽しいですからね。では、僕はこれで」
「うん、またね、満くん」
自転車に乗って帰っていく満と、小麦は大きく手を振って見送っていた。
その顔は、ずっと緩み切ったままだった。




