第348話 突然の訪問者・中編
「お帰り、お母さん」
満が母親を出迎える。
「ただいま、満。あら、見慣れない靴があるわね、誰か来てるの?」
「あ、うん」
満は母親の質問にどきまぎとした様子で答えている。両手を後ろで組んで顔を赤くしながら左右に体を揺らす仕草に、母親はなぜかにんまりと微笑んでいる。
「満ママ、お久しぶりです」
「あら、小麦ちゃんじゃないの。戻って来てたの?」
満が恥ずかしがってなかなか言わないものだから、小麦がさっさと姿を見せていた。
「はい、大学も休みですから、せっかくだと思って戻って来てるんです。つい、我慢できずに満くんに会いに来ちゃいました」
「あらあら、満ってばモテモテね」
「ちょ、ちょっと、お母さん……」
にやにやと笑う母親に、満は困った顔をするばかりである。
困っている満から視線を外すと、母親は小麦に声をかける。
「お昼はどうするつもりなのかしら」
「はい、ごちそうに……と思いましたけれど、かえらないとパパが寂しがると思いますので、お気持ちだけで遠慮しておきます」
「あらそうなのね。残念だわ」
本当に残念そうに頬に手を当てる母親である。満が困っている様子を見て、楽しんでいる感すらある母親である。
そうかと思えば、母親はパンと手を叩く。
「それじゃ、満。こうはあちらで食べて来なさい。せっかく小麦ちゃんが戻って来ているんだし、ね?」
「えー、せっかくの親子の再会に僕がお邪魔するのは悪いよ……」
にこにことそんなことを言う母親だが、当の満はとても迷惑そうである。
「私は別に構わないよ。パパも多分きっと歓迎してくれるって。にししし」
ところが、小麦はこんな反応をしてくれる。
断る気満々の満ではあるものの、小麦にこんな風に言われてしまっては、困ったように目を泳がせるので精一杯だった。
「はあ、仕方ないなあ。それじゃ、お邪魔させてもらいます」
「うんうん。素直が一番だよ」
「素直じゃないんだよなぁ……」
満面の笑みを浮かべる小麦に、満は大きなため息をついていた。
そんなこんなで、自転車で芝山家へと向かう満。小麦はなんと徒歩で満の家までやってきていたようだ。
「徒歩って、ちょっと遠くないですか?」
「にししし、健康のためには歩くのが一番なのよ」
「まあ、そうですけど、この暑さですよ?!」
にっこりと笑う小麦に、満は困惑しっぱなしである。
満が驚くのも無理はない。この日の最高気温も37度とか言っているのだから。もはや体温である。
さすがに汗をだらだらと垂らしながら、満たちは芝山家に到着したのである。
「パパー、ただいま!」
「おう、小麦、お帰り。ちょうどお昼ができたぞ」
「そう? あっ、パパ、一人分用意できる?」
「うん?」
玄関を入って元気よく家の中へと駆けこんでいく小麦に対し、満は玄関で必死に呼吸を整えていた。さすが半分吸血鬼化した体に、真夏の直射日光はかなりきつかったようだ。
しばらくすると、足音がして、玄関に小麦の父親が姿を見せた。
「おや、誰かと思ったら満くんじゃないか。なんだ、小麦ってば出かけるって、満くんの家に行ってきてたのか」
「にししし、そうなのだよ、パパ」
白い歯を見せつけながら、小麦は笑っている。誕生日を迎えて十九歳になっているはずだが、まだまだ子どもっぽい仕草が飛び出しているようだ。
満の姿を確認した小麦の父親は、黙って台所に入っていくと、改めて一人分の料理を追加していた。行動が早い。
「それじゃ、満くん。手洗いうがいをして、少し涼んでてよ」
「う、うん。そうさせてもらうね」
そんなわけで、お昼ごはんができるまでの間、満は芝山家の居間でゆっくり休んでいた。さすがに夏の日差しにやられて、動くような元気はなかったようである。
「満くん、お昼が用意できたから、食堂においで」
小麦の父親の声が聞こえてくる。満は体を起こすと、ゆっくりと食堂へと移動していく。
食卓には、思ったよりもしっかりとした食事が並んでいて、満は思わずびっくりしてしまう。
「すごい、これって小麦さんのお父さんが作ったんですか?」
「ああ、私は在宅で、小麦の成長をずっと一人で支えてきたんだ。このくらいの料理なら普通に作れてしまうよ」
「パパの料理はおいしいよ。ママもお気に入りなんだって」
「はははっ、グラッサに褒められた時は、嬉しかったなぁ。うん」
グラッサは海外での仕事が続いていて、なかなか家族が顔を合わせることはない。だが、家族仲はこの通り、とても良いものなのである。なかなかうらやましい家族だ。
「ところで、小麦」
「なあに、パパ」
食事が始まってしばらくすると、小麦の父親が話を振ってくる。
「満くんを連れてきたっていうことは、午後はどこか出かけるのかい? なんだったらパパが車を出すけど、どうだい?」
「パパ、本当?」
「ああ、小麦のためだったら、いくらでも手を貸してやるよ」
「やった! パパ、大好き!」
「はははははっ!」
満の目の前で、親子でいちゃつき始める芝山親子である。でも、悪い気はしないのは不思議な感じである。
満にも話は振られたものの、断る理由もない。なので、満はこの日の午後、芝山親子と一緒に出掛けることになったようである。




