第346話 微妙な幼馴染み三角形
八月一日の0時になった瞬間から、ぴょこまいのセカンドシングルの配信が始まった。
ちなみに、その日の店頭販売では、中にアクリルキーホルダーがランダム封入されるというCDも販売されるらしい。ぴょこらとマイカ、どちらが入っているか分からないのでランダムというわけである。
その日、朝に目を覚ました満は、いつものようにチェックしていてびっくりしていたようだ。
「わわっ、今日からだっけか、ぴょこまいの新曲配信」
四月一日にもファーストシングルをネット配信で手に入れていた満は、SNSのポストを見て、慌てて購入に動いていた。
「はあ、日付変わると同時に配信だもんな。すっかり忘れてたよ」
Vブロードキャスト社のSNSアカウントをフォローしていたにもかかわらず、満はその情報を見落としていたらしい。やらかしたなぁと、今さらながらに反省しているようだった。
MVもあるということなので、早速PASSTREAMERのサイトを開いて、ぴょこまいのMVをチェックしている。
ボケとツッコミを巧みに切り替えながら緩い感じの配信を行っている二人ではあるものの、MVを見ると普段の緩さはどこへやら。実に真剣な様子で歌って踊る二人の姿が映し出されていた。
「すごいなぁ。普段を思うとこんな風にできるなんて思ってなかったもんな」
あまりの仕上がり具合に、満はすごくうきうきしているようだった。
MVをリピートして二回見終わると、ようやく自分のチャンネルのチェックだ。次は木曜日の配信だけど、どんなことを喋ろうかと真剣に考え始める。
「ま、いっか。今日は風斗と出かけて、『月刊アバター配信者』を買ってこないとね。それから決めてもいいよね」
満はそう言って、考えることを放棄したようである。
方向を転換してからは早かった。ひとまずまだ寝ているだろうからと、メールで風斗に連絡を入れていた。
やることを終えた満は大きく背伸びをすると、部屋を出て顔を洗いに行ったのだった。
久しぶりに男の姿での外出となった満は、自転車に乗ってきた風斗と合流する。
「なんかすっごく久しぶりな気がするな、男の満は」
「えーっ? 学校じゃ半々くらいの率で男だったはずなんだけどな……」
風斗がおかしく言うものだから、満はものすごく不満げに返している。
「悪い悪い。直近に出かけた時、一週間くらいずっと女だっただろ。そのせいで、ちょっとな……」
「ぶぅ、僕は男だからね、風斗」
「わかってるって」
文句を言う満に、風斗は笑いながら答えていた。
家族に出かけることを伝えると、二人はそろっていつものように駅前の商店街へと自転車を走らせていく。
いつもの書店へとやってくると、満は『月刊アバター配信者』の前に、なぜかCDを二枚ほど手に取っていた。
「おい、そのCDって」
「うん、ぴょこまいの新曲だね。封入特典がランダムらしいから、二枚買うんだ」
満は満面の笑みで風斗の質問に答えている。
あまりにも曇りのない笑顔に、風斗は思わず吹き出しそうになってしまっていた。
「風斗、どうしたんだよ」
「いや、なんでもない。なんでもないぞ?」
風斗はそんなことを言っているが、どう見てもなんでもないような反応には見えなかった。
「もう、なんだよぅ……」
満は思わず頬を膨らませていた。
ここまで風斗が反応するのには訳がある。それというのも、ぴょこまいの片割れである黄花マイカの正体が、幼馴染みの香織だと知っているからだ。
一方の満はそのことを知らないので、満と風斗の間でこんな温度差が出ているというわけなのである。
「もう、おかしな風斗だなぁ……」
満はCDを含めた会計をしながら、風斗の反応に首を傾げていた。
「毎度ありがとうございました」
目的のものを買った満たちは、書店を後にする。
このあとはいつもの通り、ファーストフード店の中でチェックである。
二階席の壁際の席に陣取って、満は早速買った内容を確かめる。
CDの封入特典は鈴峰ぴょこらと黄花マイカ、どちらか一方のアクリルキーホルダーである。
「両方が手に入るといいな」
「変なフラグ立てんな」
「なんだよ、風斗。だったら、片っぽ風斗が開けたらいいじゃないか」
「なんでそうなるんだよ」
満の無茶振りに、風斗は文句を言いつつも、CDの一枚をしっかり受け取っている。
「せーので開けるよ」
「はいはい」
満が合図を言うものだから、仕方なくそれに乗っかる風斗。満が「せーの」と合図をすると、二人揃って外装フィルムをはがす。
CDの裏側が少し分厚くなっていて、そこに特典が入っているらしい。満と風斗が揃って開けると、それぞれからアクリルキーホルダーが出てくる。
「風斗、どっちが出た?」
「ぴょこらだな。この耳としっぽのキャラはそうなんだろ」
「うん、そうだね。僕の方はマイカだったから、一発で揃ったみたいだよ」
「そうか。それはよかったな」
ランダム封入を一発で突破して、満はとても安心した顔を見せていた。
ほっとした表情の満を見ながら、しょうがない奴だなと風斗は笑っている。
「まっ、よかったじゃねえか、ダブんなくて」
「うん。しばらくはかばんにつけておこうかな」
「まあ、いいんじゃねえかな。満の思う通りにすればいいさ」
「そうするね。今日はありがとね、付き合ってくれて」
満の曇りのない笑顔に、風斗は思わずドキッとしてしまう。目の前にいるのは男の方の満なのに、こんな反応をしてしまった自分に驚いているようだ。
「風斗、どうしたの?」
「いや、なんでもない。今日の用事は他にあるのか?」
「う~ん、僕はこれで終わったかな。風斗の用事があるんだったら付き合うよ」
「そっか。じゃ、適当にゲームでも見て回るか?」
「そうしよう」
その後、二人は適当にショッピングを楽しんでいた。
さっきの反応は何だったのかと思う風斗だったが、幼馴染みでどこか放っておけない弟みたいなやつだと思うことにしたようだった。




