第344話 無自覚ゆえの
お昼は駅前の商店街にやってきた満と香織。いつものハンバーガー屋やファミリーレストランだと混雑しているので、商店街の中の小さな喫茶店にやってきていた。
「たまには、こういうところもいいでしょ」
「あ、うん。そうだね」
にこにことした笑顔を見せる満に、香織はちょっと照れているようだ。
「お金は大丈夫かな」
「平気平気。収益化とスパチャで結構稼げているからね。ただ、税金のことがちょっと気がかりなんで、知っている人に相談してみてるんだ」
「あっ、そっか。収入が増えると怖いもんね」
「そうそう」
満は苦笑いをしている。
ところが、この話は香織にも関係ない話ではなかった。それというのも、香織もアバター配信者をしているからである。ただし、このことは満は知らない。知っているのは関係者以外では風斗だけである。
「それにしても、光月ルナのチャンネル、登録者数すごいよね」
「うん、僕もここまで大きくなるとは思ってもみなかったかな」
「満くんの場合、やっぱりレニちゃんに見つかったのが大きかったんじゃないかな」
香織からそんな風に言われると、満は照れくさそうにしながら、頭の後ろに手を回している。
「やっぱりそうかな。あの時はびっくりしたな。配信中にいきなり乱入してくるんだもんさ」
「確かに、あれはびっくりするよね。でも、それで落ち着いて共闘クエストをこなしちゃったんだから、あれで一気にリスナーの心をつかんだと思うわね」
「そっかな……」
まんざらでもないのか、困ったように言いながら、満はさっきからずっとにやけていた。まったく、嘘が苦手な満なのである。
「はい、お待ちどう。カツサンドランチですよ」
話をしていると、喫茶店で働く女性が注文の品を持ってきた。
カリカリに焼いた厚切りトーストにカツが挟まったボリュームのあるサンドイッチが目の前に置かれている。それ以外にも普通のサンドイッチ、サラダボウル、ゆで卵、ポタージュスープが並び、そこにコーヒーか紅茶がつくというセット内容である。
「まったく、女の子同士なのに、雰囲気がなんだか恋人同士だねえ。まったく、青春っていうのは面白いものね。私もあと30くらい若ければ混ざったのにねえ」
テーブルに伝票のバインダーを裏返しに置きながら、ついついからかいを入れていく。
「あははは、僕たちってそんな風に見えちゃうんですかね」
「ええ。女の子同士なのに不思議だなって、亭主と話をしてたんだよ。はははっ、若いっていうのはいいわね」
「あ、あの。声が大きいですよ。は、恥ずかしいなぁ……」
からかう女性に、香織は恥ずかしそうにしながら文句を言っていた。
「すまないね。お昼の忙しい時間なのに、こんなに閑古鳥だと、ついいろいろ目に入っちゃってね。せっかく来てくれた子たちだ、ちょっとおまけくらいはしてあげるよ」
「そ、そんな悪いですよ。ただでさえ、経営が大変でしょうに」
「いいっていいって。あたしらの気持ちさ、受け取っときな」
女性はそう言うと、奥へと戻っていく。そこでは話が丸聞こえだったのか、カウンターにいる男性から叱られているようだった。あれだけ大きな声で喋れば、そうなって当然である。
いい年をした夫婦の光景を見ながら、満と香織はついつい笑ってしまう。
「それじゃ食べよっか、香織ちゃん」
「うん、いただきます」
「いただきます」
二人は黙々とカツサンドランチを食べ始めた。
「うん、すごいいいサンドイッチだね。パンもそうだけど、カツもサクサクジューシーだね」
「本当ね。どうしよう、これだけ食べ応えあると食べきれなさそう」
「残ったら僕が食べるよ。あまり無理しないでね、香織ちゃん」
「満くん……」
満はただの親切のつもりで言ったのだろうが、香織にはかなり効果的だったようである。
満たち以外にも数組の客が店内にはいたのだが、そんなことはお構いなしに二人で不思議な雰囲気を醸し出している。そのせいで経営者夫婦はもちろんのこと、他の客からもちらちらと視線を向けられる始末である。
これを無自覚でやってのけているのだからとんでもない話だった。
周りから温かい目を向けられているというのに、二人の世界を展開してまったく気が付かない。
そのまま食事を平らげた二人は、会計を済ませるとそのまま商店街へと姿を消していった。
「あそこまで堂々とされると、俺たちは何も言えんね」
「ええ、まったくね。私たちの若い頃を見ているようだったわ」
「お前、やめないか。客がこんなにいるのに、そんなのろけ話を出すやつがあるか」
「ふふふふっ」
経営者夫婦のなれそめに興味があるのか、客たちが夫婦に視線をじっと向けている。
「ほらほら、もうそろそろお昼が終わるよ。さっさと食べて帰っておくれ」
恥ずかしそうにマスターがいうものだから、客たちはにやけながら食事を食べていた。
個人経営だからこそといった雰囲気である。
満と香織は普通に食事をして友人同士の語らいをしていただけなのに、とんでもない置き土産をしていったものである。




