第343話 真夏の気分転換
週末の日曜日、香織が家にやってきた。
事前にやってくるという連絡があったので、満はすぐさま出迎える。
「香織ちゃん、わざわざ家までどうしたの」
「うん、やっぱり今日は女の子だったわね。これからプールに行こう?」
「え?」
香織から告げられた言葉に、満は思い切り固まっている。
反応に困る満の目の前で、香織はにこにこと笑っている。
確かに、香織は水着を買いに行った時にプールに行きたがっているような様子を見せていた。だが、それは本気ではないと満は思っていたみたいだ。
困惑する満だったが、諦めて香織にちょっと待ってもらう。
今年買った水着を引っ張り出して準備を終えると、玄関に戻ってくる。
「お待たせ、行こっか」
「うん、今日は二人きりでデートだよ」
「で、デート?!」
普段はとにかく鈍い満ではあるが、さすがにこんな単語を堂々と言い放たれては戸惑うしかなかった。
とはいえ、出掛けると約束してしまった以上は、満は香織に引っ張られて出かけることになった。
やって来たのは、去年同様の市民プール。さすがに日曜ともなれば人が多いものの、夏の暑さのせいかそれほどといった感じである。
入場料を払い、まずは更衣室に向かう二人。
女子での生活が長くなっているとはいえ、女子更衣室の中では目のやり場に困るというもの。満はこそこそと水着に着替えていた。
プールサイドにやってきた満と香織は、ざっと周りの様子を見渡している。
「やっぱり多いわよね」
「夏休みだからね」
夏休みの日曜日ということもあって、見渡す限りの親子連れやカップルたちの姿である。わいわいとした雰囲気の中、満はなんとも恥ずかしそうである。
「満くん、私たちも適当に泳ごっか」
「あ、うん、そうだね。プールに来て泳がないのもなんだか変だしね」
「そうそう。さっ、行こう」
「うん」
香織に手を引かれるようにして、満はプールへと向かっていく。
今年の満の水着は、上が短いタンクトップ風、下がミニスカートのセパレートタイプだ。胸元にリボンがついているものの、その立派な体型は隠しきれていない。
こういう可愛い服装だと、ルナが見たら絶対「妾の趣味じゃない」とか言いそうである。
香織の方はというと、性格的におとなしめかと思ったが、意外と大胆なものだったようだ。ただ、やっぱり恥ずかしかったようでワンピースを上から着ている。
「香織ちゃん」
「ん、なに。満くん」
「ずいぶんと露出多くない?」
「大丈夫だよ。このくらいなら普段着とあんまり変わらないもん。てへっ」
キャミソールワンピースなら確かにそうだなと、完全に丸め込まれる満である。
ともかく格好のことは気にすることなく、香織とプールを楽しむ満。
父親の実家から帰ってきてから、宿題に追われてずっと部屋に閉じこもっていたせいか、満はずいぶんとはしゃいでいたようである。
ある程度遊んだところで、市民プールに備え付けてある時計に目をやる。
「あっ、そろそろお昼だね。場所を変えよっか」
「そうだね。人が多いと思ったより疲れちゃうもんね」
人の多さと夏の暑さということもあって、二時間ほどはしゃいだところで疲れてしまったようだ。
プールから上がって更衣室に戻ろうとするが、その二人の前に変な男たちが現れた。
「やあ、君たち可愛いねえ」
「どうだい、お兄さんたちと一緒に遊ばないかい?」
どうやらナンパのようである。
香織は怖がっているようだが、満は険しい顔をして男たちを睨んでいるようだ。
「怖くなんかないよ。なっ、俺たちと遊ぶだけなんだから、付き合っておくれよ」
「嫌だね。プール内での迷惑行為は禁止されてるんですよ。とっととどこか行って下さい、職員を呼びますよ」
「固いこと言わないでさ、なっ?」
男の手が伸ばされるものの、満はその腕をがっつりとつかむ。
「いい加減にしてください。僕だって怒りますよ」
「銀髪美少女の怒り顔いいねえ」
腕をつかまれながらも、余裕そうな男。だが、その余裕はだんだんとなくなっていく。
「ちょっと待ってくれ……。あだっ、あだだだだっ!」
「お、おい、どうした」
満に腕をつかまれた男が突然痛がり始めたのだ。これにはもう一人の男も慌ててしまう。
「なんて力だ。腕が、折れちまう!」
怒りのあまり、満は吸血鬼の力を発動させてしまっているらしい。その怪力で、男の腕を折りにかかっているのだ。
「なんて力だ。やめてくれ、折れちまう」
「だったら、ナンパなんてしてないでさっさと消えて下さい。それと二度と僕たちの前に現れないで下さい。次は折りますよ」
「わ、分かった。分かったから放してくれ!」
反省した様子なので、満はパッと手を離す。
自由になった男たちは、そのままどこかへと走り去ってしまった。
「ふふ、怖かったね、香織ちゃん」
「満くん、かっこよかったよ」
「そ、そうかな?」
「うんうん。ありがとう、満くん」
「うん……」
この上ない笑顔の香織から放たれた言葉に、満は照れくさそうに頬をかいている。
なんにしても、何事もなく無事に追い払えてよかったと、満はほっと胸を撫で下ろしていた。
変なトラブルが起きはしたものの、シャワーを浴びて服を着替えた満と香織は、お昼を食べに行くために市民プールを後にしたのだった。




