第337話 大切なのは、心
その日の夜、満はむくりと起き上がって窓際に出てくる。
縁側に姿を見せると、そこには満の祖父の姿があった。
「なんだ、祖父殿ではないか」
「おや、その喋り方はルナさんかな?」
満、いやルナが話し掛けると、祖父はちらりと視線を送って反応している。
「いかにも、ルナ・フォルモントだ。このような時間に起きているとは、祖父殿は朝が早すぎぬか?」
時計は夜中の3時を回ったばかりだ。
吸血鬼であるのなら起きていて普通の時間ではあるが、人間からすると通常なら起きている時間ではない。いくら農家であっても、まだ少し早いと思われる。
「なんともな。女子となった孫が舞を舞う姿を見てな、年甲斐もなく感動してしまったというものだ。わしも年を取ったかな」
「六十付近ともなれば、普通ならばそれなりに死期が近付くからな。その頃ともなると、いろいろと感情に抑えも利かなくなるというものだぞ」
「かも知れぬな」
夜空を見上げながら、祖父はぽつりと呟いている。
祖父の隣にルナが座り込む。
「それにしても、吸血鬼である妾が、東洋の国の神職の服を着ることになるとは思わなんだな。長く生きていると、面白いことも体験するものだな」
「ああ、よく似合っていましたよ」
真顔で祖父に言われると、ルナは複雑そうな顔をしている。
「まったく、この地の神事だというのに、妾のようなよそ者が紛れ込んでもいいのかな?」
「山神様は気になさりませんよ。大切なのは、その心だといいますからな」
「ふむ、そういうものなのか。まあ、引き受けるといった以上、妾もしっかりやらせてもらおう。祖父殿の孫の体を間借りしておる責任というものがあるからな」
「本当に、あなたはいい人ですな」
ルナの話を聞いていた祖父が、ルナのことをいい人だと断言している。
「いい人なものか。妾は真祖の吸血鬼だ。復活を遂げるために、やむなく体を共有することになった満に力を貸しておるにすぎぬ。現状はただ迷惑をかけておるだけだから、いい人とは程遠いだろうて」
大事なポイントなので、ルナは二度もいい人ではないと言い放っている。
よっぽど吸血鬼である自分のことをよく思われるのが嫌なようである。
「時に、舞を行うのは日曜の夕方でいいのかな?」
「ええ、それで合ってますよ。夏祭りの締めとして、山に最も近いところにあるあの神社の神楽殿で舞を奉納するのですよ。それが終われば、裏にある山道が開かれ、山へと登れるようになるんです」
「ふむ。人間のやることは分からんのう」
ルナはあごに手を当てて、首を捻るばかりである。
「まあ、なんにしても妾が舞を奉納すればいいということだな。しばらく血が吸えんのはつらいが、困っておる者を放っておくこともできん。やれやれ、妾もずいぶんとお人好しになったものだわい」
ルナが苦笑いを浮かべれば、満の祖父もついつられて笑ってしまう。
祖父の姿に、ルナもどこか安心してしまう。
「妾が満の体の中におる限り、絶対失敗なんぞさせはせぬ。祖父殿は成功を信じて見守っておってくれ」
「分かりました。お願いしますよ」
祖父はそう言うと、立ち上がっている。
「どこに行くというのかの」
「今日の畑仕事の準備ですよ。最近は暑くなってきていますから、日中の作業がしづらいですからね」
「なるほどのう。気を付けて行ってきなされよ。妾の方は眠らせてもらうからな」
「ええ、ありがとうございます」
祖父とルナは話を終えると、それぞれやることをするために部屋に戻っていく。
客間に戻ったルナは、寝相の悪い香織の布団をかけ直すと、ゆっくりと布団の中に入ったのだった。
朝となって目が覚めた満たちは、それぞれ夏祭りの準備に向かう。
風斗は父親と一緒に商工会の手伝いに、満と香織は祖父の車で舞の練習をするために大きな神社へと移動する。
「本日もよろしくお願いします」
満と香織は頭を下げて、神社の人たちと一緒に舞の練習をする。
銀髪翠眼の満だが、意外とこれが巫女服とマッチしていて、ものすごく似合っている。あまりの似合いっぷりに満本人はものすごく困惑している。
肝心の舞の練習はかなりスムーズだ。
香織の方も心配ではあったのだが、ぴょこまいとしてアイドル活動を始めたことが功を奏しているのか、タイプの違うこととはいってもしっかりと舞をこなしている。
「よその方とお聞きして心配しておりましたが、これならば大丈夫でしょうね。あさってのお祭りの当日、楽しみにさせていただきますね」
「は、はい。一生懸命頑張ります」
先輩巫女の言葉に、満と香織はそろってしっかりと返事をしていた。
舞を奉納する夏祭りの本番は二日後だ。
時間の許す限り、神社の中で舞の動作を確認してしっかりと覚え込んでいく二人。
満と香織の真剣な表情に、地元の神社で舞を奉納し続けてきた先輩巫女も心強さを感じている。
こうして、期待と不安とが入り混じった中、いよいよ日曜日を迎える。
この日はお祭り本番で、朝から満たちは行動を束縛される。しっかりと身を清め、舞の最終確認をして、奉納の舞台となる神社へと向かう。
緊張した面持ちの満たち。
その緊張を煽るかのような光景が、神社の前には広がっていたのだった。




