第336話 田舎の神社にて
まだ明るいこともあってか、祖父の案内で満たちは近くの神社に向かうことになる。
「さあ、ここじゃぞ」
木々に囲まれた空間を通り抜けてやってきた神社は、まるで時間のが止まったかのように静かな空間の中にある。鳥居の中は別世界のようだ。
夏祭りを行うからどのくらいの神社かと思っていたのだが、それはなんとも意外な光景だった。
神社までやって来ると、祖父が中に向かって呼び掛ける。
「おーい、神主。おるかな?」
「なんじゃ、騒々しい。聞こえておるぞ」
奥から神職の衣装に身を包んだ男性が出てくる。見るからに満の祖父とは年が近そうな男性だった。
「まったくこんな時に来おってからに。今は祭りの準備で忙しいんじゃ。話は手短に済ませてくれんかな」
突然の訪問にかなりご立腹のようである。
「おう、それは悪かったな。だが、舞手を連れてきたといったら、そのような態度は取れるかな?」
「なに? それはどこにいるのだ? まったく、それを先に言わんかい」
神主が急に態度を変えていた。
「いや、助かるぞ。今年は本当に人手が足りなさすぎるからな」
「ほれ、この子たちじゃ」
満の祖父が、満と香織の二人を神主に紹介している。満も香織も、戸惑いがまったく隠せないていないようだ。
「ほう。これはまた若い子たちじゃな」
「そうじゃろうて。二人ともまだ中学三年生らしい」
「そうか。で、どこから連れてきたのだ」
「息子夫婦が帰ってきてくれてな。孫の友人が参加してくれることになったのじゃよ」
「そうかそうか。まあ、奥に上がってくれ。汚くて狭いとはいえ、ここも神社じゃ。説明は中でするぞ」
満たちは、言われるがまま神社の敷地を進んでいく。
社務所と思われる場所にやってきた満たちは、神主自らの手で入れられたお茶を出されて、丁重にもてなされている。
「人がおらんですまんな。神社も少子高齢化のあおりを受けておってな、この神社もわしを最後に継ぎ手がおらぬ。夏祭りは元々はこの地の山岳信仰だった舞が発祥なのじゃが、今はよその神社と協力せねば残せぬようになってしまった。実に悔しいものじゃよ」
「まったく、大変だのう」
神主の話を、満たちは静かに聞いている。祖父だけが相槌を入れているのだが、事情のよく分からない満と香織にとっては、どう反応していいのか分からないのだからしょうがない。
「こんな廃れかけた神社でも、この夏まつりの時だけは、脚光を浴びることができる。わしはどうしてもこの地を守りたいのだが、はあ……、息子どももまったく戻ってこぬから困ったものだ」
どうやら、神社もかなり深刻な家庭事情を抱えているようである。
いきなり舞の話をされた時は戸惑った満たちだが、事情を聞いていると段々と協力したくてたまらなくなってきたようである。
「分かりました。僕でよければお手伝いします」
「おお、そうか。本番こそこの神社の神楽殿で舞を披露するが、普段は協力している神社で練習などを行っている。見ての通り、手入れが行き届かんのでな」
神主が話す通り、この神社はかなりボロボロになってきている。賽銭や寄付などはあるものの、とても修繕に手が回るほどの状態ではないのだという。小さな神社ゆえの悩みなのだという。
このお祭りと年末の時のみ地域の人たちが手入れをしてくれるらしいが、それも限界を迎えつつあるらしい。地方ならではの悩みというものである。
「わしはこの神社で一人で支度をせねばならん。紹介状くらいは書いてやるが、あちらの神社で舞のことは聞いておくれ」
神主はそう言うと、筆を執って紹介状を書き始めた。
それを受け取ると、満たちは祖父と一緒に別の神社へと移動していく。
「なんとかならないものでしょうかね」
「わしたちに簡単にどうこうできたもんじゃない。わしもあそこには寄付をしておるが、絶対数が足りん。あそこは昔ながらの土着信仰なのだが、年を追うごとに信仰が段々と失われておる気がする。今年の人が足りぬというのも、よくない傾向だな」
「そうなんですか。大変ですね」
「大変で済めばいいんだがな。最悪、取り返しのつかぬことになりかねん。夏祭りは文化の継承のために行われているのだよ。祭りというものは、ただ浮かれて騒ぐというものではない。最近の連中は、そこが分かっておらん」
話す祖父の顔と声はとても真剣なものだった。
彼の話は、満たちにとってはとても耳の痛い話だった。
「そういうわけだ。よそもんに頼るのはもはや最後の手段ともいえる。二人の力で、今年の夏祭りを成功させておくれ」
「分かりました。頑張ろう、香織ちゃん」
「そうね、満くん」
車の後部座席で、二人は互いに気合いを入れ合っている。
祖父の運転する車は、先程の神社からさほど離れていない大きな神社に到着する。有名な神社の分社ということらしく、かなり規模が大きい上にしっかりと管理の行き届いたきれいな場所だった。
社務所に紹介状を渡すと、満たちはすぐさま中へと通してもらえた。
「夏祭りの舞を舞っていただけるのですね。とても助かります。早速、舞を覚えて頂きたいと思いますので、女性のお二方はこちらへどうぞ」
いよいよ舞を教えてもらうことになる。
満たちは祖父と別れ、緊張した様子で奥へと進んでいった。




