第335話 夏祭りについて
父親の運転する車は、無事に実家に到着する。
「よし、着いたぞ。さあ、降りた降りた」
家の駐車場に車を停めた父親は、満たちに降りるように促している。
そんなに急かさなくてもと思いながらも、満たちは車から降りていく。
「おう、よく来たな」
電話で大体の到着時間を知らせていたので、満の祖父が玄関まで出迎えに出てきていた。
「おう、父さん。元気そうだな」
「そりゃそうだ。まだ還暦付近だぞ。若いもんには負けてられんよ」
父親に声をかけられた祖父は、本当に元気そうに笑っている。
「それで、孫の姿はどこだ?」
「ああ、満なら、この子がそうだ」
「おじいちゃん、お久しぶりです」
恥ずかしがりながらも、満はぺこりと頭を下げている。その姿に、祖父はぎょっとしている。
それもそうだ。去年のお盆の時に、真夜中に会った女性そのものの姿だったのだから。
だが、そのことは本人から伏せておいてくれと言われていたことを思い出して、祖父はぐっと言葉を飲み込んでいる。
「いや、満は男の子じゃろうて。冗談はやめておくれよ」
祖父は笑っている。
「いや、父さん。その辺りは後で説明するから、ひとまず荷物を運び入れていいか?」
「おう、構わんぞ。夏祭りについても説明をせんといかんし、済ませることは早めに済ませておこう」
話を終えると、満たちは車から荷物を降ろし始める。
そして、客間に荷物を置くと、早速居間に集まって話を始めることにした。
「まあ、べっぴんさんがいるねえ。満はいないのけ?」
祖母もこんな調子である。そりゃまあ、去年男の子だった孫の姿がないのだから、誰だって心配になるというものである。
祖父母の姿に、満の両親はどうしたものかと顔を見合わせている。
「あの、おじいちゃん、おばあちゃん」
「なにかな?」
みんな牽制し合っているために、満が思い切って話を切り出す。
「僕が孫の満なんだ。事情あってこんな姿になってるけど、僕が満なのは間違いないんだよ」
満が思い切って話を始めれば、祖父母はまたまたぁと笑いながら聞いている。
ところが、初めて見る男女の二人の姿に、祖父母の笑いが止まっている。
「俺は満の友人で村雲風斗といいます」
「私は花宮香織といいます」
真剣な雰囲気になったところで、二人が自己紹介を始める。
「まあ、満の友人かい。それは世話になっているねえ」
祖母が二人に頭を下げている。
「俺たちもお世話になっていますよ」
「それでですけれど、この女の子は、間違いなく満くんなんですよ」
「まあ、変身するところを見たわけじゃないですけれど、話していてやっぱり満だなって思うところがたくさんあるんですよね」
「なんとなく鈍いところとかね」
「ちょっと、香織ちゃん?!」
満だということを証明するために、二人があれこれと話をしている。その中でちょっと悪口みたいなことが出たところで、満はつい反応してしまっている。
「そうなのよ、お義父さん、お義母さん。初めて見た時はびっくりしたけれど、すぐに分かりましたよ、私は」
母親が謎の自信を見せつけている。
みんなからいろいろと説明してくるものだから、祖父母は押しきられる形で目の前の少女が満だということを信じたようである。
「まあ、この際男だろうと女だろうと関係ない。夏祭りを手伝ってくれる人員が増えたということには変わりがないからな」
「確かにそうですね。人手不足という問題だけは、本当にどうしようもありませんからね」
祖父母は、人員が確保できるならどうでもいいやという結論に達しただけのようだった。
「それにしても、そんなに人手が足りないのか?」
「ええ。働ける人は外に行ってしまうし、今年はケガ人や病人も多くてね。動ける人員が特に少なくなっているんだよ」
「ああ、最近多いですからね」
困ったように話す祖父の言葉に、父親は納得がいっているようだった。
田舎ならではの問題というものがたくさんあるようだ。
「それで、夏祭りって昔からやってるあれでいいんだよな、父さん」
「ああ、昔からやってるあれだ」
「昔からやっているあれって、なんなの、お父さん」
祖父と父親の話から内容が見えてこないので、満はどういうことなのかと気になっているようだ。
「ああ、山神様に祈りを捧げて、山の安全と作物の豊穣をお願いするというお祭りだ。神事ではあるんだが、どちらかというと地域の親交会といった側面があるな。屋台が出るしな」
「そうなんだ」
「うむ。ちょうど夏休みの始まりとほぼ同時に山開きをすることになっているからな。地域の安全と発展を願ってのお祭りというわけだよ」
だいたい話を理解できたようである。
「まあ、満が女の子になっているのは驚いたが、かえってその方がいいかもしれんな」
「えっ、どういうこと?」
祖父の言葉に、満がびびっているようである。
「巫女による舞があるんだよ。そのためには女性の参加が望まれるのでな」
「いやいや、舞って。来たばかりの僕で覚えられるの?!」
「大丈夫じゃよ。三日間ばっちり練習すれば間に合うぞ」
「えええ……」
思わぬ事態になって、満は実に嫌そうな顔をしている。
夏祭りでまさかの舞を披露することになりそうである。はたしてどうなってしまうのだろうか。




