第334話 三年生の夏休み
終業式を終えた満たちは、一度帰宅した後、空月宅に集合する。
「で、今回は満は女の子のまま行くつもりなの?」
最後の支度をしている満は、母親から思いっきり尋ねられている。
「しょうがないよ、今日が女の子の日に当たっちゃったんだし。終業式から帰ってきてからすぐ出発なら、あれこれやってる暇もないからね」
「まったく、お義父さんたちがびっくり腰を抜かすわよ?」
「もう諦める。いろいろ話してすっきりしておいた方がよさそうだもん」
満は、変身体質のことを隠すことを諦めたようである。
「そうなのね。それはそれとして、女の子の日って言い方、気をつけた方がいいわよ」
「なんで?」
母親は体質のことを明かすことは了承したものの、言い方が気になっているのか、満に注意を入れている。
「そりゃまあ、普通はあれのことだと思うからね」
「あれって何のこと?」
「生理よ、生理。満ってば、鈍いところは相変わらずなんだから。気をつけないと香織ちゃんたちに嫌われるわよ?」
「なんで香織ちゃんの名前が出てくるんだよ。もう、わけわかんない」
なぜかぷりぷりと怒りだす満である。この態度には、母親も呆れるばかりだった。
満の家の中には、轟音が響き渡っている。それというのも、お風呂に入ってから服を着替えたからだ。
そう、学校の夏服を洗っているのである。
そのまま着ていってもいいのだが、なにせ汗ぐっしょりだったので、やむを得ず着替えることになったのだ。
満の格好はすっかり女子そのもの。さすがに実家には女性用の服はあまりないだろうということで、今回の満の荷物はかなり多めになっている。
ピンポーン。
呼び鈴が鳴る。
インターフォンのモニタを見ると、そこには風斗がまずやって来ていたようだった。
「僕が出てくるね」
「ええ。頼むわね」
満がばたばたと玄関へと向かう。
「待ってたよ、風斗」
そう言って玄関を開けると、満の姿を見た風斗がぎょっとした顔をしている。
「どうしたんだよ、風斗。顔が赤いよ?」
きょとんとした顔をする満である。
「お、お前な……。その格好でうろつくつもりか?」
「えっ? これは普通に外出用の服だよ。似合ってる?」
「あ、ああ。似合ってるさ。だが、俺にはちょっとな……」
顔を真っ赤にしたまま、顔を背けていく風斗。その行動の理由が分からない満は、首を傾げて風斗を見ている。
「変な風斗。とりあえず暑いでしょ、入ってよ」
腕を引っ張ろうとする満だったが、風斗は顔を押さえて左手を突き出してきた。
「自分で動けるから、お前は花宮の相手でもしてくれ……」
風斗は満の顔をまったく見ることなく、そう言いながら家に入っていった。
「どうしたんだろ?」
満はまったく分からないようである。
「あれ、満くん。わざわざ外で待っててくれたの?」
間髪入れずに香織がやってきた。ふりふりのブラウスにショートパンツという、なんとも元気そうな服装でやって来ていた。
「あっ、香織ちゃん。いや、さっき風斗が着いたばかりでね。たまたま外に出てただけなんだ」
「ああ、そうなんだ。その格好を見たんじゃ、村雲くん、大変だったでしょうね」
「えっ、なんか変?」
香織にまで指摘されて、満は改めて自分の格好を見る。どこかおかしいのだろうかと、首を傾げている。
「ワンピースなのはいいんだけど、ちょっと胸元開けすぎかなって思う。満くんも男の子なんだから、そういうところは分かるもんじゃないの?」
「えー……。そんなに胸元見えてるのかなぁ……」
香織の指摘に、満はなんとも不満そうな反応である。どうやら、満自身は分かっていないようだった。
「ちょっと暑いかもだけど、薄手のカーディガンとか羽織って、胸元隠しておいた方がいいわよ。満くんって結構胸が大きいからね」
「うん、分かったよ。気をつける」
女子である香織からの忠告なので、満は渋々といった感じで聞き入れているようだった。
ひとまず全員が揃ったので、洗濯が終わるまでは待機となった。
食事を取ってもいいだろうが、洗い物が増えるだけなので外食という選択肢になったようである。
「よーし、母さんが洗濯物を干している間に、荷物を車に積むぞ」
「おーっ!」
いよいよ父親の実家に向かうことになる。
満にとっては、去年のお盆以来の父親の実家だ。父親の兄弟たちは、予定の調整ができなかったらしく、今回は見送り。お盆には来るらしいので、今年は満とは顔を合わせないようである。
その話をすると、風斗はちょっと残念そうにしていたようだ。
「それじゃ出発しましょうか」
洗濯を終えた母親が、自分の荷物を抱えて玄関に姿を見せる。
「本当にすまないな、風斗くん、香織ちゃん。うちの親父の無茶な相談に付き合わせてしまってな」
「別にいいですよ。満から頼まれれば、断り切れませんからね」
「本当にね。なんだか、助けてあげないとっていう気になるんですよ」
「はははっ。みんなに愛されてるな、満は」
「も、もう、お父さんってば……」
風斗と香織の話を聞いて、父親は大笑いである。満は恥ずかしそうにしながら文句を言っている。
「お父さん、話をするのはいいですけれど、ちゃんと前を見てて下さいよ?」
「わかってるって。ゴールド免許を甘く見るなよ?」
実に楽しそうな様子の車内である。
父親の実家で行われる夏祭り。その手伝いのために、満たちは父親の運転する車で出発したのだった。
今年の夏休みは、一体どんな始まりを迎えるのであろうか。




