第331話 乙女心は分からない
無事に幼馴染み同士のごたごたが片付いたというのに、満にはまた別の問題が襲い掛かってきた。
それは、仲直りから一週間後の六月中旬のことだった。
「満くん、ちょっといいかな?」
「なに、香織ちゃん」
今日は男の子なので、満は香織と同じクラスに顔を出している。
その昼休みを迎えた時のこと、香織が話し掛けてきたのだ。
「今度の週末、付き合ってもらってもいいかな?」
「うん、いいよ。何をするの?」
香織からの誘いをあっさりと了承する満である。内容も聞かずというあたりが、満らしい。
「ほら、もうそろそろプールの授業が始まるでしょ?」
「あ……」
プールという単語を聞いて、満は突然固まっている。
この反応を見る限り、すっかり忘れていたようだ。
そう、プールということは水着が必要になるのだ。
男の方の体型はあまり変化のない満ではあるが、女の方は去年から比べるとかなり成長している。まあ、どこがとは言わないが。
なので、満も水着を新調する必要があるのである。これは由々しき事態である。
「あー……、お母さんが出しゃばってきそうだよ」
「まぁそうでしょうね。よっぽど娘さんが欲しかったように思えるし、ねぇ……」
満の青ざめたように言うと、香織も諦めた表情を見せている。
それというのも理由がある。
去年の同じ時期、満の母親が満のためにと女性用の服を大量に購入していた。水着もそうだが、浴衣も買っていたのだ。
そういった実績があるので、二人がこんな反応を示しているのだ。
「自分の好きなものを買いたいよなぁ」
「そうよねぇ」
満がため息をつくと、香織もつられてため息をつく。まったく、男女という組み合わせなはずなのに、女性同士の会話に思えてくる状態だ。
「というわけで満くん。起きて女性だったら、私に連絡入れて。一緒に水着とかを見に行きましょう」
「うん、分かったよ。お母さんはどうにか振り払うからさ」
「そうだね。頑張ってね、満くん」
「うん」
そんなこんなで、香織は無事に満とのデートの約束を取り付けたのだった。
そして、迎えた土曜日。
今日もあいにくの天気である。梅雨の真っ只中なので、こればかりは仕方がないだろう。
「おはよう、香織ちゃん」
「おはよう、満くん」
雨が降っているとはいっても、移動手段は自転車しかない。なので、カッパを着た状態で、満は香織の家にやってきた。
「お金は心配しないでよ。僕が光月ルナとして稼いでいるお金があるからね。リスナーってば、際限なくスパチャ投げてくるんだもん。こっちがびっくりしちゃうよ」
「ルナちゃんって人気よね。個人勢だとトップクラスらしいじゃない」
「そうなんだ。僕はそういうの疎いからなぁ……」
香織に言われても、満はランキングにはほとんど興味がなさそうである。こういうところが、かえって光月ルナの強みになっているのかもしれない。
「僕としては、リスナーたちを元気できればいいなって思うだけだからね。最初こそ有名になりたいって思ってたけど、今はその気持ちの方が強いな」
「ふふっ、満くんらしいな」
雨がしとしとと降り続く中、二人はくすくすと笑っている。
「それじゃ、そろそろ行こっか」
「そうだね」
あまり立ち話をしているのもなんだからと、二人は水着を買いに駅前へと出かけていった。
駅前までやって来ると、満たちは駐輪場に自転車を止める。
ここからは歩いての移動だ。
カッパを脱いで傘に持ち替えると、満の体型が露わになる。
「本当に、どうしてそんなに育ってるんだろうね、満くん」
「僕が聞きたいな。大きくっても重いだけでしんどいんだもん。男の時と感覚が違い過ぎて、生活が大変だよ、もう……」
ため息しか出ない香織に対して、満は当事者として愚痴をこぼしている。
本来なら、ルナ・フォルモントの力で成長を食い止められていたはずなのである。ところが、満に憑依してからというもの、成長期らしい変化を見せ続けている。当のルナ・フォルモントも大困惑である。
「身長の方が欲しかったなぁ……」
「ここまでになっちゃうと、もうどうしようもないわね」
「だよねぇ……」
二人揃ってため息ばかりである。
会話もほどほどに、二人は駅前のデパートにやってきた。エスカレーターを登って二階にやって来ると、露骨なまでに催事コーナーに水着が並べられている。満は思わず目が点になってしまう。
「ねえ、満くん」
「なに、香織ちゃん」
「今年も、一緒にプールに来てくれる?」
「そうだなぁ。風斗も誘って三人でどうかな」
「……」
満の答えに、香織は黙り込んでしまう。
思いも寄らない反応に、満も固まってしまう。
「え、っと?」
「満くんは変わらないなぁ。いいわよ、別にそれでも」
了承する答えを返しているにもかかわらず、口をとがらせているあたり、香織は間違いなく不機嫌そうである。
わだかまりが解けたとはいっても、満の性格がそう簡単に変わるわけがなかったのである。
「それじゃ、用事をさっさと済ませちゃいましょうか」
不機嫌にしていたかと思うと、今度は笑顔で満の手を引く香織である。
さすがに態度が変わりすぎなために、満はどうもついていけないようである。
宣言通りに満の支払いで買い物を済ませた二人は、その後もデートを楽しんだのであった。




