第328話 ルナの言葉
翌日、満は学校にやってきた。
「あっ、ルナちゃん、おはよう」
「うん、おはよう」
何気に挨拶をする満だが、風斗は満に違和感を感じた。
席に着いた満のところに、風斗がやって来る。
「よう、ルナ。調子はどうだ?」
「すっかり熱は下がったよ。だから、大丈夫と思ってきたんだ。咳は出てないんだしね」
「そっか。てか、満のふりか。あまり詳しくないのなら、すぐに騙せそうだな」
風斗がこう言った瞬間、満の表情が固まった。
ゆっくりと満は顔を風斗の方に向ける。
「ほほう、小童が妾を見破れるとはな」
「どんだけ付き合ってきてると思ってるんだよ。それに、昨日のあの状況の後なんだ。満が平然と俺と話しできるわけがないだろうに」
「ふむ、それもそうだな」
風斗に言い返されて、満、いやルナは納得しているようだ。
「まぁよい。昼休み、いつものところで話をしようではないか。妾は一人で先に行くから、おぬしは香織も連れてきておくれ」
「……まあ、しょうがねえな」
ルナからの頼みに、風斗は頭をかきながらも了承していた。
昼休みになると、満……ではなくルナは先に屋上への階段へと向かっていく。
風斗は仕方なく、香織を誘いに隣のクラスに向かう。
「おっす、花宮。ちょっといいか?」
「なに、村雲くん」
クラスの外から声をかけると、香織がすぐさま反応していた。
突然のことでクラスの中がざわつくものの、風斗が不機嫌そうな顔をするとみんな黙り込んでしまう。よっぽど怖いらしい。
クラスメイトたちの様子が気になったものの、香織はおとなしく風斗の後についていった。
風斗に連れられてやってきたのは、時々三人で話をしている屋上への階段だった。
「待たせたな」
「うむ、あまり待ってはおらぬよ。むしろ、早かったな」
風斗が話し掛けると、ルナからことが返ってきた。
「あれ、満くんじゃない」
「うむ、ルナ・フォルモントだ。久しぶりかの」
見た目は満が女性化した時の姿だが、口調がまるで違う。
実にその堂々とした姿は、真祖の吸血鬼そのものなのである。
「実は、満はまだ寝込んでおってな。今日は代わりに妾が出てきたというわけじゃ。本来なら体に負担のかかるので変身などするものではないが、妾とて食事をせねばならん。やむをえん措置じゃよ」
どうやら、緊急性があっての変身のようである。
どういったことなのだろうかと、風斗と香織は階段に腰掛けてルナのことを見ている。
「妾としては、おぬしらのことが心配でな。なんであろうかな。長く付き合っておると、友人というよりは、うん、自分の子どもみたいな感覚に陥ってくるのだ。それゆえ、お節介ながらに今日は出てきたというわけなのだよ」
「そ、そういうものなのですか?」
ルナの話す内容に、香織は驚きすぎて混乱しているようだ。
「正直、妾とて恋愛感情なんてものはよく分からぬ。吸血鬼とはいうても、人間と同じような増え方をするものだが、感情的なものがあるわけではないからな」
「あれっ、吸血鬼って血を吸った相手を眷属化するんじゃないのか?」
ルナの話に、風斗が思わず口にしてしまう。
「それは作り話の中のことであろう。第一、二度も血を吸われておるおぬしがそれを言うか?」
「えっ、二度も吸われてるの?」
「あ、ああ。……そっか、思えば女となった満を意識し始めたきっかけだな、あれが」
風斗はぽつりと呟いている。
「満はあまりなんとも思ってないようだがな。心の機微にはとことん鈍いのが、満の欠点だのう」
ルナは腕を組んで唸り始めた。
「それが、あの出汁天狐といったか、あの女のひと言で一気に崩れた気がするわい」
「というと?」
「あの程度の濡れで風邪をひくほど、満は弱くはない。あの一言のせいでおぬしら二人を意識し始めて、心が不安定になっていたからこそ、今回のように倒れたのだ。まったく、この体はまだ自分一人のものではないということを自覚してもらわんとな」
ルナは推測と愚痴を口にしている。それによれば、出汁天狐の恋仲同士という単語が、かなり影響をしているようだ。これには風斗たちも驚かされるばかりである。
「まっ、昨日は吹っ切れたところがあるようだから、ひとまずは安心だろう。悪いが、風斗」
「うん?」
ルナに名指しされて、風斗は顔を向ける。
「妾が離れれば、満は男に戻る。おぬしの気持ちは叶わぬものだ、諦めてくれ」
「あ、ああ。それもそうだな」
はっきりと言われてしまい、風斗は面を食らっている。
「この流れなら、満は香織とくっつくべきなのだろうが、いかんせん、満がまだまだ鈍感すぎる。これからも振り回されることになるであろうが、満のことをよろしく頼むぞ」
「言われなくても」
「はい、幼馴染みですし、当然ですよ。安心して下さい」
ルナの頼みに、風斗と香織ははっきりと言ってのけていた。二人のその態度を見て、ルナは安心した笑顔を見せていた。
キーンコーンカーンコーン……。
話が一段落したところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
「ちょうどいいものだな。さて、教室に戻ろうではないか」
ルナが立ち上がって声をかけると、風斗と香織は揃って頷く。
いろいろとあったものの、これで三人の関係は元に戻るのだろうか。
降り続いていた雨が、段々と弱まっていく午後なのだった。




