第325話 雨の中で
降り始めた時よりは緩やかになった雨ではあるものの、満たちの様子はなんともぎすぎすした感じである。
これだけ満が険悪なムードを作り出すというのも、風斗も香織も経験のないことである。
(ああ、もう。この状態どうしたらいいんだろう)
傘を一緒に持ってはいるものの、ひとつも目を合わせようとしない満と風斗の姿に、香織は困惑したままである。
「あのさ、二人とも」
「なに、香織ちゃん」
困った顔をしながら香織が声をかけると、満が反応している。
「いくらなんでも、ちょっと悪気が過ぎてるんじゃないかなって思うのよ」
「どういうことだよ、それって」
香織の言い分に、風斗が怒った様子で反応している。
「そもそものきっかけは、村雲くんが自分の気持ちを認めたくないのが原因でしょ? 私に当たるのはやめてもらえないかしら」
「うっ……」
むすっとした顔で香織が指摘すると、風斗は引き下がっていた。
この状況に、満がついていけていないようである。
「この際だから、はっきり言っておいた方がいいわよね」
ずいっと香織は風斗に近付く、
「私は満くんが好きなの。男でも女でも関係ないわ。満くんが好きなんだから」
「か、香織ちゃん?!」
突然の言葉に、満は完全に面食らってしまっている。
「さあ、村雲くん。あなたも正直な気持ちをぶつけたらどうなの。この程度で壊れるような仲だったのかしら、私たち」
香織の厳しい目に、風斗が完全にたじたじになっている。
「な、何を言ってるんだ、よ……」
「私の目を見てよ」
香織に迫られて、風斗は思い切り目を逸らす。
「あっそ。自分で言わないのなら、私が言ってあげるわ。満くんはあなたの指摘通り、鈍いからね」
「えっと……?」
風斗と香織の様子を、満はどうにも理解できない様子で見ている。
「あのね、満くん。村雲くんってばね……」
「おい、待てよ!」
香織が告げようとすると、風斗が必死に大声で止めに入ってくる。
くるりと振り返って、香織はジト目を風斗に向ける。
「だったら、自分の口で言いなさいよ」
香織は満の後ろに回って、風斗と向き合わせる。
戸惑った様子で香織の方を振り返る満だが、香織はにっこりと微笑むだけだった。
「満、あのな……」
傘を持ったまま頭の後ろに手を当てて、風斗は恥ずかしそうに満から視線を外して何かを言おうとしている。
照れくさそうな表情を見つめながら、満はなにを言われるのかと緊張した様子を見せている。
「まったく、花宮にここまで言われるとは思ってもみなかったな。くそっ、一体どうしちまったんだろうな、俺は……」
なんだか釈然としない感じのようだ。
ぼりぼりと頭をかいた風斗は、改めて満の顔をじっと見ている。
「悪かったな、満。正直な俺の気持ちを言うよ」
風斗のこの言葉を聞いて、満はなぜかごくりと息をのんでいる。
聞きたいような、聞きたくないような、なんともいえない気持ちになっているのだ。
ぐっと構えている満を前に、風斗は一回、二回と深呼吸をしている。やはり、自分の正直な気持ちを言うには勇気がいるようだ。
「実はな、俺はどうも女の時のお前のことが好きみたいなんだ」
「え……」
風斗の言葉に、満は思わず固まってしまう。
やっぱり満は、風斗の気持ちのことに気が付いていないようだった。
風斗がやっと口にしたことで、香織はようやく肩の荷が下りたかのような表情をしている。
「香織ちゃんは知ってたの?」
「もちろんよ。幼馴染みをなめてもらっちゃ困るわよ。ね、村雲くん」
「ああ。俺も花宮が満のことを好きなのは知ってたからな。だから、それもあって満に好きになっていくことが認められなかったんだよ。俺としては、お前たち二人にくっついてほしいからな」
「ちょ、ちょっと、何を言ってるの、二人とも?!」
風斗と香織が話している内容を、満一人がまったく理解できていないようなのである。
それゆえ、二人に挟まれた状態で困惑しているのだ。
その時だった。
ドクン……。
「うっ……」
満は突然胸が苦しくなって、その場に座り込んでしまう。
「お、おい、満!」
「大丈夫? 満くん!」
二人揃って満に声をかけている。
すぐさま満は立ち上がり、戸惑った様子を見せている。
「あ、あれ? 今の一体何だったんだろう……」
「どうしたんだよ、満。いきなり苦しそうにするからびっくりしたぞ」
「本当だよ。どこか悪いんだったら、病院に行った方がいいからね」
「うん、ごめん、二人とも。大丈夫だから、ね?」
二人の顔を交互に見ながら、満ははにかみながら答えている。
「そ、それじゃ、僕は先に帰るから、二人で話しててよ」
満はどうもその場に居づらいらしく、頭にかばんを乗せると、雨の中を傘もささずに走り去っていく。
あまりにも突然のことだったので、風斗と香織は呆気にとられた状態でその場に立ち尽くしていた。
「なんだったんだ、今のは……」
「分からないわよ。でも、確かに一瞬苦しそうだったわよね」
「ああ。これは自分の気持ちがどうだこうだ言ってる場合じゃないな」
「だね。心配だわ、満くん」
風斗と香織は心配そうに、走り去っていく満の姿を見つめ続けたのだった。