第324話 かみ合わない三人
修学旅行からというもの、満と風斗の関係はどうもぎくしゃくとしている。
その一方、香織との関係はあまり変わっていないようで、満は気がつくと香織といることが増えてしまったようである。
「最近、満くんってば私のところにばかり来るね」
「えっと……」
六月に入ったある日の昼休み。香織に言われて、思わずどもってしまう満である。
「へ、変かな。香織ちゃんとは幼馴染みなんだし、男の時はクラスメイトでしょ。一緒にいてもおかしくはないと思うんだけどな」
焦った様子で言い訳をする満だが、そんな満を香織がすんなりと見逃すはずがなかった。
じっと満の顔を見つめながら、不機嫌そうな顔をしている。
「おかしくなったの、修学旅行からよね?」
「ええと……」
ジト目で迫られて、満はますます焦った態度を見せている。
「ああ、そっか。出汁天狐さんだったっけ。あの時の言葉が原因かぁ……。なるほどね」
「えっと、香織ちゃん?」
何か思い当たったらしく、香織が満から離れて元の位置に戻る。
「確か、恋仲のなんたらっていってたから、それが原因じゃないかって言ってるのよ」
こう言いながら、香織は腕を組んで何度も頷いている。
「いやあ、あれは私もびっくりしたけどね」
「香織ちゃんもかぁ」
困った顔を見せる香織に、満はつい頷いてしまう。
「村雲くんとの間で気まずいってことは、二人はそれだけお互いを意識してるってことだよね?」
「へっ?」
香織の不意打ちに、満は思わず顔を真っ赤にしてしまう。
その反応に、香織はふうっとため息をついていた。
「やっぱりそうなんだ。前々からそうじゃないかと思ってたんだけどね。こうなると、満くんが態度をはっきりさせないと、村雲くんとの距離は離れていく一方だと思うよ?」
「えええっ。だったらどうしたらいいの?」
香織に言われて、満はものすごくうろたえている。
「私に言われてもね……」
うろたえる満の姿に、香織もとても悩ましいようだ。
「私が思うに、村雲くんはかなり満くんの女の子の状態、ルナちゃんを意識してると思うのよ」
「そ、そうなの?」
「ええ。バレンタインの時を思い出してよ。ルナちゃんからチョコレートを渡された時、どういう反応をしてた?」
「あ……」
香織に言われて、今年のバレンタインの風斗の様子を思い出したのだ。
満が教室の中で手作りのチョコレートを手渡ししていた時、風斗はびっくりすると同時に恥ずかしがっていた。
「あ、あれは、うん、その……」
香織から目を逸らしながら、頬をぽりぽりと人差し指でかく満。
恥ずかしがると同時に、自分がいかに空気の読めない人間かということを思い知らされたからだ。
「どう、分かった?」
「う、うん」
香織に確認されると、満は下を向いて頭を上下させている。
「満くんって、昔っから人の気持ちに鈍いところがあるからね。現に、私の気持ちだって気付いてないでしょ」
「えっ?」
満は香織に言われて頭を上げてしまう。
キーンコーンカーンコーン……。
タイミングよくチャイムが鳴る。
「いけない、授業が始まるわ。満くん、また放課後にでもお話しましょう」
「えっ、あっ、……うん」
満はそのまま黙り込んでしまった。
午後の授業が始まった直後のこと、外には厚い雲が垂れ込み始める。
その窓の外を、降りそうだなあと満が眺めている。
五時間目が終わり、六時間目が始まろうとした頃になると、ぽつ、ぽつと雨粒が落ち始める。
帰る頃には本降りになってしまい、みんなどうしたものかと困っているようだった。
「げーっ、雨なんて予報じゃ言ってなかったじゃんかよ」
「どうしよう、やむまで待つかな」
クラスメイトたちが騒いでいる中、満は香織に近付いていく。
「香織ちゃん、一緒に帰ろうか」
「えっ? 大丈夫なの?」
「うん、僕は傘持ってきてるからさ。ほら」
満はそう言いながら、かばんから傘を取り出していた。
「風斗も誘って帰ろう。小学生の時みたいにさ」
満の言い出したことに疑問を感じながらも、香織はこくりと頷いていた。
隣のクラスへと突撃して、満は香織と一緒に風斗を確保すると、強引に下足場へと向かっていく。
「お、おい。離せよ、お前ら」
「嫌よ、離さないわ」
「一緒に帰ろう、風斗」
両脇をがっちりつかまれて、風斗は引きずられていく。
「まったく、帰るにしても傘あんのかよ」
「あるよ、二本」
怒る風斗に対して、満は冷静にかばんから傘を取り出していた。
「なんで持ってるんだよ」
「吸血鬼の、勘かな」
「てか、俺たちは三人だぞ。二本じゃ足りねえだろ」
風斗のお怒りはごもっともだが、今の満にはそんなものは関係なかった。
「そりゃそうだよ。風斗のことは数に入ってなかったもん」
「なんだと?」
しれっと答えた満の態度に、風斗はちょっと怒っているようである。
ところが、あまりにも不機嫌そうな態度に満も言い返す。
「風斗、避けられててさ、僕が怒ってないと思ってる?」
「思ってるな。満は昔っから人の気持ちには鈍いからな」
「ああ、そうなんだ。そう思ってるなんて知らなかったな。でも、さすがに今回は僕だって怒ってるよ」
「なにをーっ!?」
風斗と満が睨み合いを始めている。
「はい、そこまで」
その間に香織が入って、二人をひとまず遠ざける。
「ここは全学生がやって来る場所よ。邪魔になるから帰りながら話しましょう」
香織の言葉に、満と風斗の二人が周りを見回している。そこには、確かに一年生から三年生、果ては教師までが驚いた様子で自分たちを見ていたのだ。
「分かったよ」
状況を見て納得した風斗は、やむなく一緒に帰ることを了承する。
はてさて、こんな気まずい状況の中、三人はまともに下校ができるのだろうか。
仲裁予定で提案した香織だったが、不安な様子で二人を眺めるのだった。