第320話 アバ信たちの観光巡り
短い時間ながらにも、満たちは銀太とかなみの二人に連れられて、京都の町中を移動する。
「集合場所はさっきのところでいいのかい?」
銀太が確認している。
「はい。奈良まではバスでの移動だそうですから、先程の場所に戻ってくればいいと思います」
「ふむ、分かった。今日の案内は私たちに任せてもらおう」
「ええ。私たちにとっては庭のようなものですからね。どんとお姉さんたちに任せて下さいね」
「はい、ありがとうございます」
あちこちをめぐり始める満たち。その前には、別の人物も姿を見せていた。
「よく来たのう、小童どもが」
「ちょっと、天狐さん?!」
銀太たちと電車で移動した先では、なんと出汁天狐たちが待ち構えていた。
「おいおい、あなたたちと再会とは思ってみなかったな。アバ信コンテスト以来、お久しぶりです」
「おう、坊主もいたか。かっかっかっかっ、心眼よ、わしまで誘ってくれたことを感謝するぞ」
「ははは、私たちだけでは頼りないと思いましたからね。しかし、節美さんたちはいらっしゃらないんですね」
満を抱きしめながら笑う天狐に、銀太は笑いながらも質問をしている。
「仕方なかろう。まだ契約期間は終わっておらん。わしは絵師ゆえに呼ばれなんだが、姉君は今日もPR動画の撮影に臨んでおるのじゃ」
「いやはや、大変そうですね……」
「まったくじゃぞ」
天狐は満を抱きしめたまま、頬を膨らませて銀太に向けて不満をぶちまけていた。
「あ、あの!」
「なんじゃ、小娘よ」
香織が思い切って天狐に話し掛ける。
「み、満くんから離れてくれませんか?」
「うん? 満くんとは誰じゃ」
「そこの少女のことだよ、天狐」
こてんと首を可愛らしく傾けている天狐だが、銀太に呆れたように指摘を入れられている。
「ああ、そうか。思い出したわい」
がばっと腕をつかんで体を離す天狐。改めてその視線は、満のある部分に向いていた。
「かーっ、こやつもこんなに成長しおったか。羨ましいかぎりじゃのう」
天狐はいきなり騒ぎ始めた。
「天狐さん、時間があまりありませんから、そういうことは移動しながらにしましょう。5時には集合しなければいけないそうですから」
「ふむ、あと5時間半か。任せておけ。わしら三人が揃っておれば、観光巡りなど造作もない。5時間で満足できる観光をさせてみようではないか!」
天狐が胸を張って言い切ると、満たち三人は思わず拍手をしてしまう。
「というわけじゃ。このわしが案内してやるから、しっかりとついて参れよ。心眼、嫁にしがみついて離れるでないぞ」
「よ、嫁だなんて……」
天狐に言われて、かなみがポッと頬を染めている。
その様子を見ていた満と風斗は、やっぱりそうなんだという顔でじっと見つめている。鈍い満でもさすがに分かったようだった。
そんなわけで、アバター配信者コンテスト以来に出会う三人に連れられて、満たちの観光は再開となる。
さすがは京都を地元とするアバター配信者とその関係者である。意外と穴場までしっかり押さえているために、すいすいと観光が進んでいる。
おかげで、時間を余らせながらバスを降りた場所まで戻ってこれていた。
「まさか3時間でここまで回れるとは……」
「かっかっかっ。どうじゃ、満足できたか?」
「はい、それはとても」
風斗が驚く中、香織は満足そうである。
「いやあ、天狐にも声をかけて正解だったな。私とかなみだけでは、もうちょっと時間がかかっていただろうな」
「じゃろうのう。かっかっかっかっ!」
再び胸を張って威張り散らす天狐である。
「最後は、ここで済ませるとしようかのう。集合場所がここならば、近くで待機しているのは当然の話じゃからな」
ちらりと観光名所に視線を向ける天狐の言葉に、みんな揃って頷いていた。
ところが、天狐は一緒に中に入ろうとはせず、そのまま一人帰ろうとしていた。
「さて、恋仲の連中の邪魔をするのも悪かろう。わしは帰って次の案件を済ませることにするぞ」
「なんだ。また仕事を抱えていたのか」
天狐が白状した内容に、銀太は思わず呆れてしまう。
「わしを誰だと思うておる。人気絵師である出汁天狐様じゃぞ? それでは、わしはこれで失礼するぞ。残りはしっかりと楽しむがよい。かっかっかっかっ!」
天狐は高笑いを残しながら、満たちと別れていた。
残された満たちは天狐を見送ると、目の前の観光名所を楽しむために中に入っていくのだった。
そして、時間は夕方の4時40分を迎える。
「それじゃ、これでお別れだな」
「はい、今日は本当にありがとうございました」
「いやあ、ダメ元で連絡入れさせてもらったけど、快く受けてもらえるとは思ってもみませんでしたよ」
「このくらい構わないよ。可愛い弟や妹みたいなもんだからね」
「ええ、そうですよ。せっかく知り合った仲ですからね」
満たちのお礼に、銀太とかなみは嬉しそうに返している。
「それじゃ、私たちはもう少し楽しんでくるから、君たちも修学旅行の続きを楽しんでくれ」
「はい」
銀太が声をかければ、満が元気に返事をしている。
「あの……!」
「うん、どうした?」
「今度、よかったら配信、ご一緒しませんか?」
満の言葉に、銀太たちは驚いている。互いの顔を見合わせた後、銀太が満の申し出に答えている。
「そうだね。その時はぜひ、ご一緒させてもらおう。君からの連絡、待っているからね」
「はい!」
満は今日一番の笑顔を見せていた。
そして、笑顔で手を振りながら、満たちは集合場所へと向かっていった。
銀太たちもその姿をしばらくじっと眺めていたのだった。




