第318話 中学生の一大イベント
ゴールデンウィークが明けると、中学三年生となった満たちにはある話題が浮かび上がる。
「中間が終われば、修学旅行か」
「修学旅行……。そっか、そういう時期なんだね」
そう、修学旅行である。
「修学旅行、行先どこだっけか」
「さあな。例年通りなら、京都・奈良ってとこだろうよ」
「京都は行ってみたいな。もしかしたら、狸小路さんたちに会うかもしれないし」
「ああ、そういやあっちだっていってたもんな」
行先の話をしているのに、なぜかアバター配信者の名前が出てくる満である。
「無法師さんもそうだったっけかな。修学旅行中には会えないか、連絡してみよっかな?」
「おいおい、自由時間がどれだけあると思ってるんだよ。呼んだところで会えると思ってんのか?」
勝手にいろいろと妄想を始める満に対して、風斗は冷静にツッコミを入れている。まったく、マイペースな満の相手というものは大変である。
「でもぅ……」
満は上目遣いで風斗を見ている。今日はルナの姿であるために、風斗への効果は抜群だ。
さすがの風斗も、この上目遣いの破壊力には耐え切れず、ぐぐぐっと震えながら満を見ている。
「ま、まあ。テスト前に修学旅行のしおりが配られるから、それを見ればおおよその時間が分かるだろう。それを伝えてやれば、会うことは可能なんじゃないかな」
「そっか。さすが風斗、さえてるね」
にこにこの満面の笑みを見せる満に、風斗は更なるダメージを受けている。
ダメージが大きいのは、満がこれを無意識でやってのけているからだ。
まったく、無意識のあざとさの破壊力といったら、計り知れないのである。
「まっ、まあ。このあたりは花宮も交えて話しをしようぜ。あいつも絶対満と一緒に行動したがるからよ」
「あ、うん。そうだね。あ……」
満は突然何かを思い出したかのように声を出す。
「どうしたんだ、み……ルナ」
「どうしよう。僕って変身しちゃうから、なんかややこしいことになる……」
そう、吸血鬼ルナ・フォルモントに憑依されて以降、無意識に性別が変わってしまうのである。そうなると、修学旅行中の性別の管理が面倒なことになる。特に初日が本来の姿だと、最後まで通せるかどうかが難しいのだ。
「ああ、そっか。それはまあ、調節すればいけるだろう。最悪でも前日からルナさんに吸血を我慢してもらえれば、五日間くらいなら変身したまま通せるだろうしな」
「だ、大丈夫かなぁ……」
風斗は比較的楽観視しているものの、満はとても心配そうである。
「どうにかなるだろ。去年はアバ信コンテストに配管工レーシングの世界大会と、長期間出かけていたことがあるんだ。可能ならトマトジュースでも持ってくればいいだろ」
「あ、うん。まあ、そうだけど……」
やっぱり、満にはいろいろと不安が付きまとっているようである。
「そっか、吸血衝動か……」
「うん。アバ信コンテストの最後は結局我慢できなかったでしょ。だから、なんだか不安なんだ」
満が気にしているのは、吸血衝動が抑えきれなくなって、人を襲う可能性についてのようだった。
だが、これに対しても風斗はずいぶんと気楽に考えているようである。
「最終日ならまだ大丈夫だろ。女装してれば、外見からは分からないんだしさ」
「ちょっと、それって僕が女っぽいってこと?」
「あ、いやまあ。実際、女装してて男だってバレたことないだろう?」
「うん、まあ、そうだけど……」
反論しようとする満だったが、過去何度となく女装した状態で外を歩いたことがるため、素直に言いくるめられてしまったようだ。
直近だと、小麦と一緒に出掛けた花見の時がある。あの時も女装だったが、結局誰からも女の子同士としか見てもらえなかった。
「修学旅行なんだし、面倒なことは考えずに行こうぜ。なった時はなった時だ」
「はあ、分かったよう……」
満は諦めのため息とともに、机にそのまま突っ伏してしまった。
いろいろと思うところのある満だが、風斗の言うように細かいことは考えずに、純粋に旅行を楽しむことにした。
(はあ、狸小路稲荷さんや無法師心眼さん、元気にしてるかぁ。去年のアバ信コンテスト以来に会うことになるけれど、元気だといいなぁ)
満の気持ちは既に京都に向かっていた。
だが、その前に中間テストである。
年中行事の予定だと、二週間後に中間テスト、その一週間後に修学旅行である。
修学旅行を楽しむには、まずはその中間テストを余裕を持って突破しておく必要がありそうだ。
「よしっ」
思い立った満は、その日の放課後、風斗や香織と一緒に下校することにした。
「テスト勉強をしよう」
その最中に言い放った満の言葉に、風斗と香織が揃ってきょとんとしていた。
「ああ、修学旅行に気兼ねなく行けるように、いい成績取っておこうってわけか。まったく、気負い過ぎだぞ、満」
「でも、その気持ちはわかるかな。頑張ろうね、満くん」
「まっ、確かにそうだな。修学旅行の行動は、クラス違ってても問題ないみたいだし、俺たち三人で回れるようにしておこうぜ」
「賛成」
「うん、そうしよう」
風斗の提案に、満も香織もものすごく乗り気である。
こうして、気持ちよく修学旅行に行くための、猛勉強が始まることとなったのだった。




