第316話 楽しさと悲しさと思い出と
翌日のことを考慮して、お昼の二時過ぎにはテーマパークを後にする。
「てひひ、楽しかったね」
「人が多くて大変でしたけれど、いい経験ができたと思います」
「次の配信に活かそっか、満くん」
「そうですね」
すっかり気まずさの消えた小麦に言われて、満はおかしそうに笑っていた。
その二人の様子を見ながら、イリスと環も思わず苦笑いである。
それぞれ車に乗り込み、まずは小麦の住むアパートへと向かっていく。
思ったよりも渋滞はなく、スムーズに移動すると、小麦は環の運転する車から降りる。
「舞お姉ちゃん、楽しかったよ。また誘ってね」
「そうね。その時になったら連絡させてもらうけど、そっちからも連絡ちょうだいよね」
「えへへ、それじゃ連絡先交換しとこ?」
二人揃ってスマートフォンを取り出して、互いの連絡先を交換している。
嬉しそうにスマートフォンを両手で握りしめている小麦は、ふと満の方へと目が向いてしまう。
満の乗っている車の窓を叩くと、窓が開く。
「なんですか、小麦さん」
すぐに帰れると思ったのに、話し掛けられたのが予想外だったらしく、満はちょっとだけ不機嫌そうにしている。
「てひひひ。またコラボ配信しようね。自己完結しちゃったけど、私が満くんのことを好きなのは変わらないから。これからもアバ信仲間として、よろしくお願いします」
小麦は言うだけ言い切ると、頭をしっかり下げていた。
さすがの鈍い満でも、これだけしっかり口に出されると、頷かずにはいられなかった。
「分かりましたよ。友人として、これからも時々コラボしましょうね」
「えへへ、ありがとう」
会話を終えた小麦が、そそくさと車から離れていく。
「それじゃみんな、気をつけて帰ってね」
「ええ、安全運転に努めるわよ」
窓が閉じられ、環の運転する車が動き出すと、満の乗る車もその後について発進する。
小麦は走り去っていく二台の車を手を振って見送っている。
「あ~あ、帰っていっちゃったな……」
小麦は寂しそうな顔をしながら、ゆっくりと手を下ろしていく。
「あ~あ、あれだけ面と向かって告ったのに、満くんのあの希薄な反応はショックだったなぁ。あれだと、風斗くんたちも苦労してそうだ」
小麦はぶつぶつと独り言を漏らしながら、マンションの中へと入っていく。
「うん、二十歳になってからまだ一人のようだったら、もう一回アタックしてやろうかな。自己完結しちゃったとはいえ、やっぱり諦めきれないや」
自分の部屋のカギを開けて中へと入ると、きちんとカギをかけてから、小麦はついしゃがみ込んでしまう。
「うん、明日からまた、大学頑張らなくっちゃ……。やだぁ、どうして今頃になって、涙が出てくるのよぉ……」
玄関で膝を抱えながら、小麦はついに泣き出してしまっていた。
ぼろぼろとこぼれる大粒の涙が止まらない。
いろんな複雑な気持ちがあって、自分で終わりにしたはずだったのに、どうして涙が止まらないのだろうか。
小麦は玄関でうずくまったまま、しばらく泣き続けていたのだった。
―――
一方の満たちは、順調に高速道路を北上していた。
「意外とすんなり進んでいけるな」
「そうね。この時間だとUターンラッシュとかいって混みあっているはずなんだけどね」
「逆方向だからじゃないかな。都会から田舎に戻る方向だから、ほら」
満が顔を向けたのは反対車線。行楽地などで過ごした都会へ戻る車たちが、渋滞の列を作っていた。
「うはっ、あれは大変そうだな……」
「まったくね。いつもはテレビ画面で見ているだけだけど、実際に見るとなんとも言えないわね」
上り方面の車列を見ながら、なんだか申し訳ない気持ちになってくる満の両親である。
「ほらほら、お父さん。よそ見してると環さんの車を見失っちゃうよ」
「あ、ああ、そうだな。ちゃんとついていかないと」
満の父親はしっかりと前を見て運転を続けている。
そんな中、母親が満に話し掛けてくる。
「ねえ、満」
「なあに、お母さん」
「小麦ちゃん、付き合うつもりはないの?」
「ぶっ!」
母親の言葉に、なぜか噴き出したのは父親だった。
「母さん、そういう話はやめてくれないか」
「あら、大事なことよ。ただでさえ、今お父さん以外は暇なんだから」
「運転に集中させてくれ」
母親の言い分に、父親は文句を言っている。気になって運転に集中できないからだ。そうなれば事故の可能性だってあるので、父親からすればやめてほしい話である。
ところが、母親はやめなかった。
「小麦ちゃん、しっかり者っぽいし、母さんは反対しないんだけどね。で、どうなのよ、満」
「う、う~ん……。小麦さんは、なんというか、お姉ちゃんって感じでそういう気持ちにはならないかな。あくまでも憧れの人って感じだよぅ」
「ふ~ん、そっかぁ」
満が真剣に答えると、母親は答えの内容にものすごく不満があるようだった。
「まあ、しょうがないわね。満はまだ中学三年生だし、将来のことも決まってないものね。ゆっくり考えるといいわよ」
「う、うん」
とはいえ、父親からの視線が痛くなったらしく、母親はこれ以上話すのはやめたようである。
その後、高速を降りてから、市内のファミリーレストランで食事を済ませる。
何から何までお世話になってしまったがゆえに、満たち家族は環とイリスに心からの謝意を伝えていた。
一方の二人は何かの縁だと言って、あまり気にした様子はなかった。
「それじゃ、満くん。また機会があったらご一緒しましょうね」
「は、はい」
環とイリスはクールに去っていったのだった。
こうして、満たちの長いゴールデンウィークは終わりを告げたのだった。




