第315話 気まずいったらありゃしない
夜が明けた翌日のことだった。
「うわあああああああっ!」
小麦の悲鳴で朝は目覚める。
「どうしたのよ、小麦ちゃん。さすがに迷惑だから静かにして?」
一緒の部屋で眠っていたイリスが、目をこすりながら小麦に文句を言っている。
その小麦はというと、枕に顔をどっぷりとうずめながら、両足をバタバタとさせている。
「まったく、そんな風にじたばたするのなら、告白なんてしなきゃよかったんじゃないのかしらね」
「うう……」
イリスに言われて、小麦は顔を左右に振っている。
「それに、自分から勝手に終わりにもしちゃってたし、あれじゃ満くんが可哀想よ。いくら鈍いとはいっても、そんなことをされちゃね」
「わかってる、分かってるわよう……」
動きを止めて、イリスの方に顔を向ける小麦。泣きそうな顔で何かを訴えているようにも見える。
「言っておくけれど、慰めはしないわよ。自分で勝手に突撃して自滅したんだから、どうして慰めなくちゃいけないのよ」
「ですよねー……」
小麦はため息をついて、再び顔を枕にうずめていた。
イリスとしては困った状態ではあるものの、これ以上関わるのもちょっと大変かなと、環と今日の予定の打ち合わせをすることにしたのだった。
時計が七時半を指して、一階のビュッフェに集合する。
満は眠たそうにあくびをしているようで、どうやらよく眠れなかったようだった。
「あ、おはようございます」
イリスたちの姿を見つけた満が、あくびをやめて慌てて姿勢を正して挨拶をしている。
「あ、おはよう、満くん」
小麦が満に挨拶をするものの、満は昨夜のことが頭によぎったのか、恥ずかしそうにすぐに顔を背けてしまった。
満に顔を背けられたことで、小麦はちょっとショックを受けているようである。
小麦の悲しそうな顔を見て、イリスは額に手を当てながらため息をついている。どうやら今も、イリスにとって小麦は目の離せない妹のような感覚のようだ。
「満くん、おはよう。見た感じ女の子のままだけど、眠れなかったのかしら」
「あっ、はい。なかなか寝付けなくって……」
イリスの問い掛けに、満は頭を擦りながら事情を説明している。
これには満の両親も困った表情を浮かべている。
一方のイリスの方は、満の気持ちを理解しているようで、うんうんと何度も頷いていた。
「そりゃびっくりするわよね。知っている相手とはいっても、突然の告白だもの。いやぁ、どことなく惚れっぽいのはお父さんに似たんでしょうね、小麦ちゃんってば」
満に話しかけながら、イリスはジト目を小麦に向けている。
小麦は恥ずかしそうに両手の人差し指を突き合わせている。
「うう、でも、でも……」
「はいはい。そういうのはいいから、さっさとご飯にしましょう。宿泊組はゲートオープンより前にアトラクションを楽しめる特典があるのよ? さっさとご飯を食べて、九時のゲートオープンより前に出ていかなくっちゃね」
「そうなんですか?」
非常にバツの悪そうな顔をしている小麦に、イリスは冷たく言い放つ。その内容に、満がとてもびっくりしている。
園内宿泊にはそんなシステムがあるらしいのだ。
しかし、これには実は理由があった。
「実際にアトラクションが動くのは九時からよ。でも、ゲートからアトラクションまではものすごく遠い。つまり、アトラクションに他のお客さんたちがたどり着く前に、アトラクションを楽しめるというわけなのよ」
「なるほど、そういうことなんですね。よく分かります」
イリスの説明に、満はものすごくすっきりしたようである。
「とはいえ、この状況では小麦ちゃんを一緒に行動させるわけにはいかないわね。私たちは私たち三人で楽しむから、満くんはご家族と一緒に巡るといいわ。11時になったら一度集合して、お昼にしましょう」
「はい、分かりました」
満たちは朝食を食べながら、お昼の集合位置を決めることにする。
その際、イリスのマネージャーである環からおすすめのアトラクション巡りを伝授されていた。人気ですぐに埋まってしまうようなアトラクションは、こうでもしないとなかなかすんなりとは乗れない。満たちは真剣にその話を聞いていた。
朝食を食べ終わると、持ってきた荷物を持ってチェックアウトを済ませる。その後、園内にあるコインロッカーに荷物を預けて、いざ出陣である。
「さあ、満。今日は遊び倒そうじゃないか」
「うん、お父さん」
満と父親が、最初のアトラクションに向かって走り出す。
「やれやれ、これだから男の子たちっていうのは、ね」
「こういうのに、性別は関係ないと思いますよ。そういう満くんのお母さんだって、ものすごくそわそわしてるじゃないですか」
「あら、分かっちゃいます?」
イリスに言われて、照れた反応を示す母親である。
「おーい、母さんや。早くしないと置いていくぞ!」
「待って下さい、今行きますから」
父親に呼ばれて、母親が二人を追いかける。
その様子を見ながら、イリスはにっこりと笑い、環は静かに笑っていた。
「ぶぅ、私も満くんと一緒の方がよかったな」
「午前中だけでも我慢しなさいって。今のあなたを一緒にいさせたら、気まずくて楽しめないでしょうに」
「ぶう……」
イリスに諭されて、小麦はますます膨れ上がっていた。
本当に手のかかる子だわと、イリスは環と顔を見合わせたのだった。
「さあ、私たちもめぐりましょう」
「ええ。置いていきますよ、小麦さん」
「わわっ、待ってよ」
満たちから遅れること少し。イリスたちもテーマパークを楽しもうと駆け出したのだった。




