第314話 花火とともに散らす
「私ってね、満くんのことが好きみたいなんだ」
小麦から唐突に放たれた言葉に、満の目がぱちぱちとしている。
ナイトパレードの花火が打ち上がっている中、二人の時間だけが止まっているような感覚になる。
満と小麦は、無言のまま向き合っている。
「いやぁ、自分にまさかこんな感情が出るとは思ってもみなかったな。ルナ・フォルモントなんて、ママがようやく封印をした吸血鬼なのにさ」
小麦はにこりと微笑んで話し始める。
「こ、小麦さん?」
あまりにもいつもと違う感じの小麦に、満はとても戸惑ってしまっている。
目の前の小麦は、じっと満のことを見つめている。
「いやぁ、最初にルナちを見た時は衝撃的だったなぁ。私ってば、本気でこの人となら一緒にやっていけそうって思ったもの。もちろん、アバ信の話だけどね」
小麦ははにかみながら満に話を続けている。
池に張り巡らされた手すりに手をかける。花火を見上げながら話す小麦の姿が、満にはちょっと色っぽく見えた。
「あれからというもの、満くんとも、ルナ・フォルモントとも、何度か付き合ってきたよね。なんというか、どこまでも純粋な感じの満くんもそうだけど、ルナ・フォルモントにも私は惹かれてたみたい。吸血鬼だからってどこか毛嫌いしてたんだけど、いざ話をしてみたらいい人でさ。ふふっ」
小麦は花火の音が鳴り響く中、今までのことを振り返りながら、満に一方的に話をしている。
花火に照らし出される小麦の顔から、満はなぜか目を離せなくなっていた。
「迷惑ならいいよ。どうせ私はよっつも年上のお姉さんなんだから」
困ったように笑う小麦に、満は何かを言わなきゃいけない気がしている。だけど、いざ喋ろうと思うと、何を言えばいいのか言葉に窮している。
「僕も、僕も小麦さんのことは好きですよ」
満はなんとか絞り出す。だけど、小麦はただ笑っているだけだった。
「満くんの好きは、私のとは違ったものだと思うなぁ」
小麦から返ってきた言葉は、満の予想とは違ったものだった。
「だって、満くんてこの手の話にはものすっごく鈍そうだし、一緒にいる風斗くんだっけか、彼の気持ちにだって気が付いてないんでしょ?」
「えっ、風斗がどうかしたんですか?」
思わぬ小麦からの返しに、満は戸惑っている。
その満の反応を見て、小麦はちょっと悲しげな笑顔を浮かべている。
「ねっ、やっぱり私のとは違う。あの引っ越し前の私の行動を、私の言った通りにしか受け取っていないでしょ? 人前であんなことをされたから恥ずかしがっていただけでね」
「そ、それは……」
小麦の指摘に、満はまったく言い返せなかった。
だけど、小麦はまったく怒るような素振りを見せなかった。むしろ、やっぱりなという感じに微笑むだけだった。
「悔しいけど、私の初恋はこれでおしまい。満くんにはもっとふさわしい人がいるよ、きっとね」
「小麦さん……」
「さっ、せっかくのテーマパークだ。湿っぽい気持ちなんて投げ捨てて、しっかり楽しもう」
「そ、そうですね。楽しみましょう」
満は小麦の隣に立って、じっと一緒に花火を眺めているのだった。
その様子を遠くから見守っていたイリスは、どこか満足した表情で二人の様子を眺めている。
「どうしたんですか、舞さん」
「いやぁ、青春っていいねえって思ってね」
「あの満っていう少年と舞さんの後輩の女性ですか」
「そうそう」
環の言葉に、イリスはにんまりとした笑顔を見せている。
「ただ、あの様子じゃ、小麦ちゃんが一方的に終わらせたって感じかな。満くんのことはあまり知らないけれど、私が感じた限りはすっごく自分に対する好意に鈍そうだもんさ」
「確かに、なんとなく分かりますね。一緒にいた少年少女との間のやり取りを見ていれば、なんとなく察しがつきますね」
イリスの話を聞いて、環もまた納得しているようだった。
「今は見た目女の子同士だから、周りからすれば年の離れた姉妹か何かにしか見えないでしょうから、小麦ちゃんとしては思い切った告白だったみたいだけどね」
「なのに、自分から終わらせるんですか。まったく、最近の子たちの考えることはよく分かりませんね」
「あれでもグラッサさんの血を引いているんだもの。正直言って、グラッサさんも結婚したのは奇跡だと言われているんでしょう?」
「そうですね。仕事が恋人でしたから、あの人は。いや、今もですかね」
イリスが確認するように問い掛けると、環は自分の知る限りのグラッサの情報を思い出して頷いていた。
話に一区切りをつけたイリスは立ち上がる。
「さて、告白も終わったみたいだし、私たちも一緒に花火をゆっくり眺めましょうか。環さん、満くんのご両親を呼んできて下さい」
「分かりました。でも、本当にいいんですかね」
「このまま二人にしておくと気まずいでしょう? ほら、さっさと連れてくる」
「まったく、こういう時だけはやたらと勘がいいんですから」
環は渋々満の両親に声をかけに行く。
イリスは人の動きに注意しながら、満と小麦のところへと移動する。
二人の背後に移動したイリスは、ポンと二人の肩を叩くと、小麦の隣に陣取って一緒に花火を眺め始めた。
こうして無言で花火を見上げる中、テーマパークの夜は深まっていったのであった。




