第307話 子どもの心配をする両親
イリスからの提案に、満も風斗も困惑したままだった。
それというのも、満は後半の4連休は父親たち家族と一緒に出掛ける予定を入れていたからだ。
しかし、アイドルと一緒に仕事をするというのもなかなかあることではない。満は悩みながら家まで戻ってきた。
「あら、遅かったわね、満。どうしてたの?」
「あ、うん。ちょっとね……」
母親の質問に、言葉を濁している。これには母親も首を傾げてしまう。
「悩みがあるんだったら相談に乗るわよ?」
「いや、悩みはあるんだけど、お父さんが帰ってきてからでいいかな」
「あらそう? じゃあ、夕食の時にでも聞くわね」
満が今はちょっと待ってというので、母親はおとなしく満の言うことを聞いていた。
お風呂に入って服を着替えた満は、夕食の時間になって食堂へと降りてくる。
そこで、仕事から帰ってきた父親と顔を合わせた。
「よう、満。私に話ってなにかな?」
話を聞きたそうで仕方ない父親だが、母親はまだ料理を作っている最中のようだった」
「料理が完成して、食べながらなら話すよ」
「むぅ、そうか」
満が先延ばしをすると、父親はやむなく満の意見を受け入れた。
夕食が始まると、改めて父親が満に話し掛けてくる。
「で、相談ってなんだ?」
回りくどい話はなく、ストレートに切り込んでくる。
「お父さん、まったく気になるからってストレートすぎません?」
「いやあ、満からの相談となれば気になるだろ」
笑う母親に対して、父親がいいわけをしている。
「今日、アイドルの人と会ったんだ」
「ほう、芸能人と会ったのか。どんな人だった?」
「地元出身のイリスっていう女の人だよ」
「……知らないな」
父親の表現はストレートだった。
「その名前なら聞いたことがあるわね。確か、去年の夏まつりに呼ばれてなかった?」
「そう、その人。ゴールデンウィークにイベントをするらしくって、僕に手伝わないかって頼んできたんだ」
「なんだと?!」
父親が食器を乱暴にテーブルに叩きつけている。
母親はちょっとお怒りモードの父親を一生懸命なだめている。
「ああ、悪い。で、そのイベントっていうのはいつなんだ?」
「3日と4日って言ってたかな。一応全部じゃなかったみたいで安心したけど、お父さんとの約束があるから確認してからって返事をしておいたんだ」
「そ、そうか」
自分を優先してもらえたことを聞いて、ようやく父親は落ち着いていた。
「それにしてもすごいわね、満。アイドルからも声をかけてもらえるなんて」
「うん、なんか不思議な気分だよね」
満は笑いながら答えている。
本当は自分の今の姿である吸血鬼ルナとの因縁なのだが、このことは両親に言うべきではないだろうと黙っている。他人の秘密までほいほいと話すようなことはしないのだ。
「全部の予定が埋まらないのなら、私は別に構わない。残った日にちで旅行に行けばいいだけだ。満がやりたいと思っているのなら、父さんは別に反対しないぞ」
「お父さん……」
父親からの言葉に、満はちょっと感動しているようだった。
「でも、そのアイドルの人、満の体は知っているの?」
「あ……」
直後、母親から鋭い質問が飛んできた。
そう、満は吸血鬼ルナに憑依されたことで、男の子の日と女の子の日がほぼ交互にやって来る。その体質を知っているかどうかということを、母親が指摘してきたのだ。赤の他人なら、まず知ることはないことなのだから。
「へ、変装すればごまかせるよ。うん、大丈夫。心配しなくて大丈夫だから。あははははは」
満は笑ってごまかすしかなかった。
母親はものすごく納得していない表情だったが、満がそれでいいのならとあえてこれ以上追求しないことにしたようだった。
母親の追及が意外とあっさり終わったことで、満はほっと胸を撫で下ろしている。
ほっとした満は、そのままもぐもぐと夕食を楽しそうに平らげていた。
夕食が終わり、満は部屋に戻っていく。
食堂では父親と母親が話をしている。
「気になるな」
「ええ、気になりますね」
ぽつりと独り言のように呟いている。
「3日と4日だったな。母さん、見に行ってみるか?」
「ええ、行きましょう。私たちの満を誘ったアイドルがどんな人か、見極めてあげませんとね」
父親の提案に、母親は洗い物をしているスポンジをがっつりと握り込んでいた。
「あわわわわ……」
腕に泡だらけの水が垂れてきて、母親は慌ててふき取っている。
その姿を見て、父親は思わず吹き出しそうになってしまう。
「まったく、うちの満を誘惑しようだなんて、母親として見過ごせませんからね」
「まあそうだな。地元出身のアイドルというから、誰か確認してやらないとな。知ってるやつなら挨拶くらいはしてやろう」
満の両親はこくりと頷き合う。
そんなわけで、ゴールデンウィーク前半の初日、満の両親はこっそりと満が手伝うというアイドルを見に行くようにしたようだ。
満が出掛けた後にこっそりとついていき、現場で監視をするつもりらしい。まったく心配性な両親である。
何かといろんな思いを抱え込むこととなったゴールデンウィーク後半。
いよいよその時を向かることになったようである。




