第306話 有名人
「なに、女の子に乱暴をしようとしてるんですか!」
突然聞こえてきた声に驚いた満が振り向くと、そこに立っていたのはアイドルのイリスだった。
「い、イリスさん?!」
「はあい、ルナちゃん、お久しぶりね」
満の声に、イリスはにっこりとアイドルスマイルを向けている。
「なんだ、てめえは。こいつがぶつかってきたからお仕置きしようっていうんだ。邪魔をするんじゃねえ!」
「へえぇ~、そうなんだ。マネージャー」
「はい、何でしょうか」
イリスが呼ぶと、マネージャーの環がひょっこりと顔を出す。
「あの人たち、あんなことを言っているけど、はたしてそう見えた?」
「いえ、二人の前に突然横に移動してぶつかりに行ってましたね」
「な、なにを証拠にそんなことを!」
環に指摘されて、ガラの悪い男が慌て始めている。
「証拠ならありますよ。スマホで撮っていましたからね、先程の一部始終を」
「なんだと?!」
男が騒ぐ前で、先程の状況を再生し始めている。
そこに映っていたのは、普通に歩いている満と風斗の前に向けて斜めに移動していく男たちの姿だった。
「あなたたちの正面には誰もいませんでした。ということは、あなたたちがわざと移動してぶつかりに行ったということです。これだけ明瞭な証拠がありながら、まだ言いがかりをするつもりですか?」
「あ、ぐっ、それは……」
周辺にはたくさんの見物人がいる。そこでこの証拠を出されては、男たちは確実に不利である。
「けっ、今日のところは見逃してやる。だがな、ちゃんと前は見て歩けよ、ガキどもが!」
男たちは捨て台詞を吐いて立ち去っていった。
これには満はほっと安どのため息をついていた。
「あ、ありがとうございます」
「災難でしたね。時々いるんですよ、ああいう当たり屋っていう連中が」
「いや、本当に助かりましたよ」
「ふふっ、これで借りは返せたかな。ほら、去年失礼なことしちゃったからね」
「いえ、あれは怒ってないからいいですよ」
満たちが話をしていると、環が周りの状況に敏感に反応している。
「みなさん、とりあえず場所を変えましょう。先程の騒動で人が集まっていますからね」
「了解。それじゃファミレスにでも行こうか」
イリスの声で、満たちはあえなくファミレスへと連れていかれることになってしまったのだった。
ファミレスへと移動してきた満たちは、ようやくひと息がつけたようである。
適当に注文をすると、改めてイリスが声をかけてきた。
「お久しぶりだね。確か、満くんと風斗くんだったわね」
「はい、その通りです。イリスさん、環さん、先ほどはありがとうございます」
イリスの挨拶に、満は頭を下げてお礼を言っている。
「いやあ、さすがにあいつら相手じゃ俺でも満を守り切れるか分からなかったぜ。あんな連中相手にやり合えるなんてすごいですね」
「アイドルやってるとね、いろんな連中に出くわすものなのよ。それに、私たちは退治屋もやってるから、人間以上に厄介な相手もしているからね」
「そういえばグラッサさんもそういうことをしているって言ってましたね」
「グラッサ様は私たち退治屋の憧れですよ。その娘さんと友人をしているっていうのも、私にとって誇りなのよね」
イリスの目がキラキラと輝いている。本当にグラッサに対して強い憧れを抱いているようである。
ところが、イリスはすっと表情を真剣なものに変えていた。
「それはそうとして、満くんはもうちょっと警戒した方がいいわね」
「えっ、それはどういうことですか?」
イリスに指摘されて、満はびっくりしている。
「あなた、アバ信として有名だし、配管工レーシングの世界大会で中の人バレまでしているのよ? それに、私とも付き合いはあるし。あなたみたいな有名人なら、いくらでも搾り取れると思われたんでしょうね」
「え、ええ?!」
満はびっくりしている。
自分にそんなことが降りかかってくるとは思わなかったからだ。
「変装とはいっても、銀髪翠眼は目立つものね……。だったら、知られていない男の子の姿の方でうろついた方がいいと思うわ」
「その方がいいでしょうね。性別がコントロールできるのなら、その方がいいと思います」
「え、ええ……」
満は恥ずかしがりながら、風斗と顔を見合わせている。
「それか、あまりお勧めできませんが、女性として動く時は一時的にルナ・フォルモントと意識を交代すればいいと思います。真祖の吸血鬼であるルナからすれば、あんな連中など取るに足りませんからね」
「な、なるほど……」
環の言葉に満は納得しているようだった。
「まあ、そこは満くんに任せるわね」
「はい。アドバイス、ありがとうございます」
イリスがにっこり微笑むと、満は元気に返事をしていた。
「てか。なんでアイドルがこんなところでうろついてるんだ?」
「そりゃまあ、定期的にここでイベントをすることになったからよ。私の地元だからね」
風斗の質問にこう答えたイリスは、何かを思いついたらしく、やたらとにやにやしている。
「そうだ。よかったらイベント手伝ってくれないかな」
ようやく落ち着いたかと思ったら、イリスからとんでもない提案がぶち込まれたのだった。




