第304話 小さな異変
その日の夕方、満は目が覚める。
ゴールデンウィークの夕方は、思ったよりも暖かい。
目を覚ました満は、体がびっしょり汗をかいていることに気が付いた。
「うっわ、酷い寝汗だなぁ。布団もじんわりと湿気てる。これはたたんでしまえないじゃないか」
満は全身の気持ち悪さを感じながら、布団の状態を確認する。布団の表面がしっとりとしていて、とてもじゃないがこのままではどうしようもない感じだった。
仕方なく満はエアコンを動かして、椅子などを使って布団を乾かそうと試みることにした。
「これでよしっと。とりあえずお風呂に入ってこよう。べたべたして気持ち悪いよ……」
満は着替えとタオルを持つと、お風呂へと向かうことにした。
一階に降りると、母親に見つかってしまう。
「あら、満。そんなの持ってお風呂かしら」
「うん。どうも寝てる間にたくさん汗かいちゃったみたいでね」
「そうなのね。あら?」
母親が満の何かに気がつく。
「満、女の子の時って、目は緑色だったわよね?」
「うん、そうだけど?」
母親の質問に、満は首を傾げている。
「満、充血してるんじゃないのかしら。目が真っ赤よ?」
「えっ?」
母親の言葉にびっくりして、満は洗面所に急ぐ。
自分の姿が女の子になっているのは気が付いていたものの、鏡を覗き込んでみると、確かに真っ赤になった目が映っていた。
「なに、これ。まるで吸血鬼みたいな目じゃないか。でも、鏡に映っているから僕は人間で間違いないよね」
満の鼓動は速くなっていた。
さすがに目が真っ赤になるというのは予想していなかったので、かなり満は焦っているようである。
(落ち着け、落ち着くんだ)
満はしっかりと自分に言い聞かせながら、ひとまず汗を洗い流すためにお風呂に入る。
しっかりと汗を洗い流してさっぱりとした満は、改めて脱衣所で鏡を確認する。
「あ、緑色の目に戻ってる。……なんだったんだろう、さっきのは」
あまりにもよく分からないことだったので、満は首を捻っている。
しかし、お風呂上がりのままでいるわけにもいかないので、考え込むのもほどほどにして、服を着て部屋へと戻っていったのだった。
配信の告知だけ済ませると、満は食事を取ることにする。
「満、よく寝てたな」
「うん、徹夜の反動で寝ちゃってたみたい。見ての通り元気だから心配要らないよ」
「そうかそうか。にしても、満は女になった時の服装が、段々と可愛くなってきてるな」
「えっ、そうかな? こんなものだと思うんだけど」
父親の指摘に、満はちょっとびっくりしているようだ。
ノースリーブのブラウスに加え、膝上だけどそれなりの丈のあるスカートである。まだ普通だと思われる格好だ。とはいえ、最初の頃に比べればスカートを平然と穿いているあたり、確かに女性の服装への抵抗はなくなっているようである。
「私が頑張りましたからね」
「ははっ、ははは……」
「もう、お母さんってば。自分の手柄みたいに言わないでよ」
母親がドヤ顔をすれば、父親は苦笑いをし、満は不満をぶつけていた。
「まあ、満ってば、自分で適応していったのね。ああ素晴らしいわ」
「お、お母さん……」
さすがに満はドン引きである。
とはいえど、そういう反応をしながらも、満は自分の適応力の高さには驚かされていた。
(きっと、女性の吸血鬼のアバターを使ってるせいだよね。だから、女の子ってこんな感じなのかなって……って何を思ってるんだ、僕は?!)
なんだかよく分からなくなってきた満は、顔を真っ赤にして、両手で頬を押さえながら下を向いてしまう。改めて思い直してみると恥ずかしくてたまらないようである。
母親はその姿を見ながら、おかしそうにくすくすと笑っていた。
「なあ、母さん。満がお出かけに付き合ってくれなくなりそうだから、からかうのはそのくらいにしておいてくれないか?」
「そうですね。せっかくの家族そろってのお出かけですからね。ふふっ、私も楽しみだわ」
反省の弁を口にしないあたり、本気で反省していなさそうである。困った母親だなと、父親は呆れ返っていた。
「ご、ごちそうさま! 僕、配信があるから、部屋に入ってこないでね!」
「はいはい。頑張ってね、満」
食器を流し台に持っていった満は、逃げるように食堂を後にしていた。
父親にほれ見ろという表情をされた母親は、軽く舌を出していた。年齢的に可愛げがないものの、父親は何も言わずにため息をついていた。
何かといろいろとあったものの、その日の光月ルナの配信では、徹夜で作った動画のことで盛り上がっていた。
リスナーからのコメントは、やたらと『可愛い』にあふれていた。
リスナーたちからの反応に嬉しく思いつつも、自分が女性の時はどんどんと可愛い方向に進んでいるのは、この反応のせいかもしれないなと密かに思ってしまう。
とはいえ、今さらかっこいい真祖を目指せるわけでもないので、満は満足そうに笑って受け入れていた。
何かとどたばたとした一日ではあったものの、満は充実していたなと満足のうちに配信を終わらせたのだった。
赤目になっていた現実を、すっかり忘れて……。