第303話 楽しくてもやりすぎは禁物
光月ルナと、その眷属であるクロワとサンが戯れるだけの新作動画の作製に入る。
以前にも製作していたものとは違う、完全新作の動画である。
屋敷の背景も増えたので、もちろん場面や服装をいろいろと変えての撮影だった。
思わずノリノリになってしまった満は、徹夜で何本もの動画を作ってしまう。
意外とお気に入りなのは、桜の背景とデフォルトの服での庭園の散歩。桜のピンクと黒色の服装の対比がものすごくきれいだったからだ。ただ、髪の毛が銀髪なのでちょっと目立ちにくい。そこはうまくクロワやサンを使って仕上げていた。
もうひとつお気に入りなのは、なぜか用意されていたプールと水着による動画。これから暑くなってくるので、少しでも涼を感じてもらおうと撮影したものだった。
さすがに一年半を超えて、満のアバター操作はかなり手慣れたものになっていた。光月ルナを動かしながら、同時にクロワとサンの操作も行うという、なかなか難しいことをやってのけていた。
「よーし、こんなものかな」
ひと通りの動画の完成に満足する満だったが、その余韻をぶち壊す声が聞こえてくる。
「満ー、朝ごはんよーっ!」
母親の呼ぶ声だった。
この声を聞いて、満は「えっ?!」と思ってしまう。
母親が放ったひと言である「朝ごはん」というものに衝撃を受けたからだ。
慌てて時計を見る満は目を丸くしてしまう。
時計の指している時間は朝の6時半だった。
昨日の配信が終わったのが夜の9時40分過ぎ。なんとそこから9時間近くぶっ通しで作業をしていたのである。それは動画が4本くらい完成してしまうものである。
「うっそだぁ……」
満のショックは相当のものだった。
現実に引き戻された満は、時間が時間ゆえに動画の投稿は諦める。光月ルナの設定は吸血鬼である。この時間ともなれば眠っている設定なのだ。そうなると、さすがに動画の投稿は差し控えた方がいいと満は考える。
が、今世間はゴールデンウィーク。それに、あれだけリスナーたちが癒しを求めているのだ。ここで投稿しない選択肢はない。
動画のできばえは確認済みなので、満はでき上がった動画を全部チャンネルに投稿する。
「お母さん、今行く」
動画の投稿を終えた満は、朝食を食べに一階へと降りていったのだった。
「おはよう、お父さん、お母さん」
食堂までやってきた満は、両親に挨拶をしている。
父親はカレンダー通りの勤務なので、今日と明日はお休みらしい。そのために今日はすごくのんびりした様子で食卓についている。
「満、今日は遅かったな」
「あ、うん。ちょっとつい熱中しちゃって徹夜で作業してたんだ」
「徹夜でか。何をしてたんだ?」
興味があるらしく、父親が食いついてくる。
「ほら、アバター配信者してるでしょ。それで、昨日の配信でちょっと話ができてたから、僕の操る光月ルナと、眷属のクロワとサンが戯れるだけの動画を作ってたんだ」
「へえ、すごいな、満は。そんなことができるのか」
父親がずいぶんと満を褒めている。
あまりにも大げさに褒めてくるものだから、満はものすごく困惑している。
「お父さん、満が困っているわよ。褒めるのもいいけれど、少しは落ち着いたらどうですか」
「お、おう。すまないな、満」
「あ、うん。大丈夫だから」
母親に咎められた父親が謝罪すると、満もようやく落ち着きを取り戻していた。
「それにしても、満が徹夜だなんて珍しいわね。いつも日付変わる前に寝ちゃってるのに」
「えへへへ」
母親に言われて、満はものすごく照れている。
「よっぽどそのアバターが気に入っているんだな。熱中できることがあるというのはいいことだ。大いに励みなさい」
「うん、ありがとう、お父さん」
結局はどうにか和やかな雰囲気に落ち着いたようである。
話が終わると、黙々と食事を食べ始める。
そうかと思えば、父親が満に話し掛ける。
「満」
「なに、お父さん」
「後半の4連休、どこか行きたいところはあるか?」
どうやら父親は家族でお出かけがしたいようである。
確かに、今年のゴールデンウィークは3日から6日までの4連休になっている。
だが、今の満にはあまり出かけたいと思える場所がないようだった。
「う~ん、今は特にないかな」
「そ、そうか……」
満が悩んで出した答えに、父親はショックを受けているようだった。
「もう、あなたったら。満と遊びたいのは分かりますけれど、あまり困らせちゃダメですよ。満は今年中学三年生で、高校受験を控えているんですからね」
「むぅ、それもそうだな」
母親の説得に、父親はやむなく諦めたようである。
「う~ん、せっかくだから、どこか考えておくよ。お父さん、仕事頑張ってくれてるんだもん。僕もお父さんを労わなくっちゃっね」
「おお、満。本当にいい子に育ったなぁ」
満の言葉に思わず泣きそうになってしまう父親である。
母親も、満がこう言っているのだからと、それ以上口を挟むのはやめたようである。
朝食を終えた満は部屋に戻ったのだが、さすがに徹夜の反動が今になってやって来たらしい。
大きなあくびをしたかと思うと、布団をどうにか敷いて眠ることにしたのだった。