第299話 四月一日の二人
日付が変わって四月一日。
午前0時になると、Vブロードキャスト社のアバター配信者である黄花マイカと鈴峰ぴょこらのユニット『ぴょこまい』のデビュー曲の配信が始まった。
ハコの中で人気のあるコンビのデビュー曲とあってか、配信開始からそこそこの売れ行きを見せているようだった。
それと、MVも同時にPASSTREAMERのVブロードキャスト社のページで配信が始まった。
真夜中の0時という配信開始にもかかわらず、この公式MVもそれなりの再生数を見せているようだった。
朝を迎えると、満と風斗が買い物の約束のために顔を合わせる。
「よう、満。って、今日も女の子の上に、おい何を聞いてるんだ?」
満はなにやらイヤホンをしているようである。何かを聞きながら家から出てきたようだ。
「やあ、おはよう風斗。ぴょこまいの曲だよ。僕も気になってたから買ってみたんだ」
「あ、ああ、そうか。でも、イヤホン着けたままの運転は危ないからな。移動中はとにかくやめてくれ」
「あ、うん。そうだね」
昨今は自転車のマナーの悪さに何かとうるさいので、風斗はしっかりと満を叱っていた。満もまた素直なので、風斗の忠告はきちんと受け入れて、イヤホンを外していた。
「それじゃ、いつもの本屋に行くか」
「うん、行こう」
二人は自転車にまたがって、いつものように書店へと向かって行った。
さすがに桜も満開の時期を迎えたとあって、あちこちに家族連れやカップルといった姿が見受けられる。
その姿を見ていると、満は先日小麦と歩いた時にあまり桜が咲いていなかったことを残念に思ってしまう。
「おい、どうしたんだよ、満」
ちょっと浮かない顔を見せた満に気が付いた風斗は、信号待ちのタイミングで満に声をかけている。
「えっ?」
びっくりする満の反応に、風斗も驚いてしまう。
「なんだよ、本当に。さっきからなんだかボーッとしてないか?」
「えっ、そうかな? 気のせいだよ、きっと」
満は笑っているものの、やっぱり様子がおかしい気がする。
風斗は満の頭に手をポンと添える。
「まったく、お前はそうやって自分だけで抱え込むところがある。相談できることだったら、俺はもちろん、花宮とか世貴にぃや羽美ねぇにすぐに声をかければいいんだよ。抱え込むんじゃねえよ」
思わず口を開いて黙り込んでしまう満。
「ありがとう、風斗ってやっぱり優しいよね」
そうかと思えば柔らかく微笑むものだから、風斗もドキッとさせられてしまう。満はこれを無意識でやっているものだから、風斗も最近少々やりづらそうである。
「あ、当たり前だろ。俺たちは幼馴染みで親友なんだからよ。まったく、そんな表情をされると調子が狂っちまうぜ」
「えっ? 僕、変かな……?」
「ばーか、いつも通りしてろってことだよ。俺も花宮も、お前の笑顔にはずいぶんと助けられてるんだからな」
風斗は照れくさそうに満から顔を背けながら話している。
「うん、ありがとう、風斗」
満はまたにっこりと微笑んでいた。
困ったことにこの二人、信号待ちの交差点でこれを繰り広げていることをすっかり忘れていた。
そのせいで周りからは温かい目を向けられていることに気付いていなかったのである。
「あっ、信号変わったよ、風斗」
「おう。それじゃさっさと本を買うとしようぜ」
信号が青に変わると、二人は何事もなかったように自転車をこぎ出したのだった。
いつもの書店へとやってきた満と風斗は、問題なくいつもの買い物を済ませることができた。
「ありがとうございました~」
店員が挨拶する中、満はほくほくとした表情で購入した本の入った袋を抱えている。
「本当に『月刊 アバター配信者』が好きだな、満は」
「うん、やっぱりこれが僕の原点だからね。ついつい買っちゃうんだ」
「そういえば、今年はアバ信コンテストの応募、見送るのか?」
「ふえっ?」
「えっ?」
風斗が何気に口に出した言葉に、満はびっくりしてしまっている。
どうやら満はすっかり忘れていたらしい。
これで慌てるかと思ったが、満はすぐに落ち着きを取り戻していた。
「知名度だけなら配管工レーシングの世界大会で得られただろうから、そこまで執着する必要はないか……な?」
そう、アバター配信者としての知名度ならかなりあるからだ。無理にコンテストを受ける必要はあるのか、満は疑問視しているというわけである。
「まあそうだな。中の人バレしたとはいっても、本来の姿じゃねえしな。でもまあ、情報だけは教えておくぜ。締め切りは四月十日な」
「うん、ありがとう、風斗。やれそうだったら出してみるかな」
「満の好きにすればいいさ。年が明けたら受験で忙しいから、俺は避けた方が賢明だとは思うけどな」
「まあ、そうだね。高校受験と大学受験って違いはあっても、小麦さんの大変さを見れば、やめておいた方がよさそうだもんね」
「なんにしても満が決めることだ。俺はそれ以上は言わねえよ」
「ありがとう、風斗」
はにかむ満の顔を見て、風斗はふいっと顔を逸らしてどこか恥ずかしそうにしていた。
この二人の関係は、なんといっても不安定な立ち位置にあるようだ。
こんなどぎまぎするのなら、早く元の満に戻ってくれと風斗は心から願うのだった。