第296話 別れと旅立ちの春
翌日の夜、光月ルナと真家レニの配信は無事に終わることができた。
いつものように『SILVER BULLET SOLDIER』を一緒にプレイしたり、いろいろとトークをしたりと、配信はかなり盛り上がったようである。
『いやあ、今日のルナちは普段通りやな』
『せやな、昨日はなんかおかしかったから、心配になってもうたで』
『風邪でも引いたかと心配になっちゃった』
『まあ、可愛かったから満足だったけどね』
配信も終わりに近づいてきた時には、リスナーたちからはこんなことを言われる始末である。
自分の配信だというのに、話題が光月ルナばかりなものだから、真家レニはちょっとリスナーたちにお小言を言うこともあった。
それでも終始ほんわかだったのは、二人だからこそだろう。
最後の最後には、真家レニと光月ルナのツーショットイラストを描き上げて締めくくられたのだった。
―――
配信の翌日、小麦は段ボールにパソコンを詰め込んで、緩衝材でガッチガチに固めて封をしていた。
三年間付き合ってきたパソコンも、大学生活で過ごすマンションに連れていくためだ。
「なんだかんだで、この家と離れるのは寂しいかな。大学卒業したら、また戻って来れるかな?」
小麦は自分の部屋の中を、しみじみとした様子で眺めている。
なんといっても、自分が育ってきた部屋なのだ。長年連れ添った相棒との別れというものは、普段明るく振る舞っている小麦にとってもつらいようだった。
「小麦、そろそろ業者が来るぞ。運ぶものは全部玄関に持ってきてくれ」
「はーい、パパ」
父親に呼ばれた小麦は、パソコンの入った段ボールを抱えて一階へと降りていく。
結構重たそうな箱ではあるものの、小麦は根性で一人で運び終えていた。さすがは退治屋の娘といったところだろうか。かなり怪力のようである。
「お前、一人で運んだのか。言ってくれれば手伝ったのに」
「にししっ、コンビニバイトで鍛えてるから、このくらいへーきへーき」
父親が困ったように話しても、小麦はただ笑うだけだった。
しばらく待っていると、引越業者がやって来る。
「お邪魔します。ご依頼を承りましたハチさんマークです。引っ越しの荷物をお預かりに来ました」
「ああ、ご苦労さまです。玄関まで運んでありますので、よろしくお願いします」
「畏まりました」
段々と荷物がドラックに積み込まれていく。パソコンに服など、たくさんの荷物が積み込まれ、あっという間に玄関はすっからかんになってしまった。
「それでは、指定頂いた場所にご希望の時間にお届けに上がります」
「はい、お願いします」
荷物を積み込んだトラックは、小麦の家から走り去っていった。
それが終わると、今度は自分たちの番である。
「さて、私たちも出るとしようか」
「そうだね、パパ」
トラックに同乗しなかった小麦たちは、貴重品などだけを持って車に乗り込もうとする。
ところが、そこに思わぬ来客がやってきた。
「小麦……さん!」
「へっ、ルナち?」
やって来たのは満だった。今日は女性の姿で現れている。
「おや、確か空月さんのところの満くんだったね。小麦とは仲良くしてくれてありがとう」
父親はすぐに誰か分かって言葉をかけている。
「お世話になったのは僕の方ですよ。小麦さんがいたから、僕はアバ信になる決心をしたんですから」
「そうなのかい、小麦」
「うん、そうだよ。満くんは元々レニちゃんのファンなのだよ」
「なるほどね」
受け答えで納得する父親である。
「それで、憧れの真家レニの中の人である小麦が引っ越すから、わざわざお見送りに来てくれたんだね。そこまでしてくれるとは、よっぽどなんだね」
「はい、僕の憧れですから。新しい門出の出発は、きちんとお見送りしなきゃと思ったんです」
「ありがとう、満くん」
体の後ろで手を組んで、嬉しそうに小麦ははにかんでいる。
「ルナちが言っていた通り、気軽に会えなくなるのは寂しいけど、だからといって永遠の別れってわけじゃないんだ。また、レニちゃんと交流しようね」
「はいっ」
小麦の言葉に満が返事をすると、小麦は満に近付いて、きゅっと抱き締めていた。
「わわっ、小麦さん?!」
おとといの花見の散歩の時に続いて、いきなりの行動に驚かされる満である。
小麦の思わぬ行動に、父親も気が気でないようだ。
「ちょっと小麦、やめなさい」
「いいのよ、今は女の子同士なんだから」
小麦は父親にこう言って舌まで出して反抗している。これには父親もやれやれである。
「それじゃ、満くん、ルナち。私たちはそろそろ出かけるね。長期休み、戻って来れるようだったら戻ってくるから、その時を楽しみにしててよね」
「はい、分かりました。また会える時を楽しみにしてます」
「うんうん、よしよし」
満の返事に、小麦は満足そうに笑っていた。
そうして、満が見送る中、小麦は父親の運転する車で新しい住居へと向かうことになる。
最後にもう少しだけ言葉を交わすと、車は細い道を走り去っていった。
かなり進んで高速道路に入ると、小麦はつい下を向いてしまう。
「……思ったよりつらいなぁ。私に憧れてくれた子と別れるのって、こんなにつらいんだね……」
「小麦も、彼にはだいぶ惹かれてたんじゃないのかな。パパがママに惹かれたようにね」
「そっかなぁ……。その辺はよく分からないかな。満くんはルナちでもあるし、どっちに惹かれてるんだろうな」
小麦は腕を組んで悩み始めてしまった。
「まあ、いずれ二人は分離するだろうし、その時になったら答えは出るかもしれないな」
「うん。そうだといいな」
どうもすっきりしない気持ちを抱えた小麦ではあるものの、今すぐ答えは出なさそうだった。
父親の言う通り、時が経てば解決するだろうと、新生活に向けてひとまず気持ちを切り替えることにしたのだった。