第292話 ほのぼのホワイトデー
そんなこんなでホワイトデーの前日を迎える。
翌日に渡すものを必死に考えた満だったが、あえなくクッキーという無難なところで落ち着いていた。
「満は、何をしてるんだい?」
「ホワイトデーだからって、お菓子を作っているみたい」
「そうか。男の子だからってお菓子が作れても何も問題はない。私が子どもの頃はバカにされたが、今は目の敵にすることじゃないからな」
満の父親は、満のやることにもう口を挟まなくなったようだ。
アバター配信者を初めて有名人になり、女の子に変身するようにはなるし、挙句の果てに世界大会に出てチャンピオンにまでなってしまった。もう満が何をしても驚かないぞという、諦めの境地なのか悟りの境地なのか、よく分からない状態に達していたのである。
そもそもバレンタインデーにチョコレートを作っていたことも知っているし、なんならそのチョコレートをもらってもいる。文句などあるわけがないのである。
「今の満なら、男女のどちらでも立派にやり遂げそうだよな……」
「そうですね。どう成長するのか、楽しみですよね」
厨房でクッキー作りに励む満の姿を、両親はただ遠くから見守っていたのだった。
そうして迎えたホワイトデー当日。
案の定、満は女の子である。
分かっていたものの、起きてから気が付いた満は大きなため息をついていた。
「うん、やっぱりそうだよね。バレンタインが女の子だったから、そんな気はしてたんだ」
満は諦めて女子の制服に着替える。
ただ、最近はちょっと違和感を感じてきている。
(……ちょっと服が小さくなってきたかな。なんだかきつく感じちゃう)
満の女性の姿は、ルナ・フォルモントという吸血鬼の女性のものだ。ルナはかなり長い時を生きてきた吸血鬼であるので、本来ならば体の成長は止まっているはずだった。
ところが、満の体に憑依してしまうという事故の後は、満の成長とともにその体型にも変化が出ているようなのだ。
つまり、満の背が伸びれば、それに伴ってルナの体にも何かしら変化が出るということである。
(登校時間まであんまりないから、帰ってから考えることにしようっと)
時計はもう学校に行く時間を示している。なので、気にかかるものの、満はやむなくそのまま学校へと向かっていったのだった。もちろん、昨日作っておいたクッキーも持っていく。
今回はバレンタインの時のように失敗はしない満。
昼休みに風斗と香織の二人と合流して、こっそりと二人にクッキーを手渡していた。
「はい、ホワイトデーのクッキーだよ」
「俺にもあるのかよ」
「わーい、満くんの手作りクッキーだわ。嬉しいなぁ、えへへ」
二人の反応はくっきりと分かれている。
「でも、満くん、大変じゃない?」
「うん、なにが?」
「いや、渡してばかりっていうのが。もらう方はないの?」
「えっ、僕ってもらっていい方だっけ?」
「え……」
満の天然な反応に、思わず引いてしまう風斗と香織である。
「そっかぁ、どっちにでもなれるから、感覚狂っちゃったのかな……」
「ダメだ。こういうのを見せられると、男女どっちにでもなれるっていうのはよくないなって思わされるぜ」
「え~……」
二人の反応に、不満を見せる満である。
「とりあえず、クッキーサンキュな」
「うん、本当にありがとう」
「えへへへへ」
不満そうに怒っていたのに、クッキーのお礼を言われると頬を緩ませて照れ始める満である。案外ちょろいのだ。
「そろそろお昼休みが終わるから、家に帰ってから味わってね」
「おう、そうさせてもらうよ」
笑顔で話す満に、クッキーの入った包みをしっかりと握りしめながら、風斗もにこやかに返していた。
話を終えた三人はクラスへと戻っていく。その時だった。
「満くん、ちょっといい?」
「なに、香織ちゃん」
「なんだ、花宮。満に何か用かよ」
急に呼び止めてきた香織に、満と風斗が驚いて声をかける。
「村雲くんはお呼びじゃないわよ。これは女の子同士の話なんだから」
「なんだよ、まったく……。でも、花宮がそこまで言うなら、俺は先に戻らせてもらうぜ」
風斗は察したのか、さっさと教室に戻っていく。
満は困惑しながら風斗を追いかけようとするも、香織に手をがっちり握られていて、追いかけることができなかった。
「満くん、最近体型測った?」
迫真の表情で問い詰めてくる。
「いや、測ってないけど?」
「そっか。じゃあ、放課後、私に付き合って。クッキーのお返しだと思って」
「うう、分かったよう」
あまりの怖さに、満は香織のお誘いを了承せざるを得なかった。
放課後、満は香織に連れられて衣料品店にやって来ることに。満の様子を昼休みしか見ていないというのに、香織は満の異変のことに気が付いていたのだ。
「ちゃんと体に合ったものを着けないとね。油断すると簡単に体型って崩れるんだから」
店員にしてもらった採寸の結果を聞いて、香織はなんだか怒っているようである。
「なんで制服の上から分かるんだよ、香織ちゃん」
「幼馴染みだもん」
「幼馴染みだからって分かるものなのかな……」
結局、香織が強引に勧めるがままに服を購入させられてしまう。
この時ばかりは女の子は怖いものだと思う満なのであった。