第286話 甘い苦い
新年もあっという間に一月が終わってしまい、世間はバレンタインに浮かれている。
満もまた、バレンタインの対応でいろいろと頭を悩ませていた。
「はあ、そういえば僕って男であると同時に女でもあるんだよね。チョコレート、どうしようかなぁ……」
今年のバレンタイン配信の内容を考えながら、何か悩んでいるようである。
それは何かといえば、リアルのチョコレートの話である。
去年はといえば、光月ルナの配信でチョコレートを作る配信をしたのだが、そのために幼馴染みの香織の家にまで行ってチョコレートの作り方を学んできたくらいである。
「普段からの付き合いがあるから、風斗と香織ちゃんにはチョコレート渡しておくべきだよね……。うまくできるかな」
どうやら満は手作りを渡すつもりでいるらしい。どうやらチョコレートを実際に作ってしまったがゆえに、既製品のチョコをポンと手渡すという選択肢が、頭からすっぽり抜け落ちてしまったようだった。
ただ、その悩む姿をじっと見つめている人物がいる。
それは他でもない、満の母親である。
食事ができたからということで呼びに来たわけだが、思わぬことに悩んでいる姿を見つけてこっそりと見守っているようなのだ。
「はっ、お母さん?!」
母親の姿に気が付いて、満がものすごく驚いている。
「あらあら、チョコレートを手作りして渡そうなんて、満も本格的に女の子になってきちゃったわね。でも、手作りをしてあげるっていうのは、男女関係なくいいことだと思うわよ」
「むむむ……。もう、女の子扱いはしないでよ。今女の子だからって……」
満は自分の姿を見て、母親に文句を言っている。
まったく、最初の頃はあれだけ抵抗感を持っていたスカートだというのに、今は平然と穿いているのだからすっかりなじんでしまっているようだ。
「チョコレートを作るつもりだったら、明日にでも買い物に行きましょう。お母さん、応援してあげるから」
「もう、決定事項にしないでよう……」
にこにこと笑う母親に、満は顔を真っ赤にしながら頬を膨らましている。
「とりあえず満、ご飯できたから降りてらっしゃい。早くしないと冷めちゃうわよ」
「あ、うん。すぐに行くね」
満はご飯と聞いて、さっさと気持ちを切り替えて部屋を出ていったのだった。
翌日、学校から帰ってきた満は服を着替えて母親の買い物に付き合う。
前日が女の状態だったので、今日はもちろん男の状態である。
「料理ができるっていうのはいいことよ。今年はどんなチョコレートを作るのかしら」
「うーん、幼馴染みの風斗と香織ちゃんにあげるだけだから、そんなに凝ったものでなくていいと思うんだ」
「そっか。それならこの辺のミルクチョコレートを使った方がいいわね。いろいろアレンジするのなら、ブラックチョコレートの方がいいわよ」
悩む満に対して、母親はあれこれとアドバイスを送っている。満はそのアドバイスを聞きながら、手作りチョコレートの材料と包装をしっかりと選んでいっている。表情が真剣そのものである。
あれこれと悩んだ結果、作りたいイメージに合わせてちょっと苦めのチョコを作ることにしたようだ。ブラックチョコレートが少し多めである。
「もういいかしら」
「うん、やるからには本気でやるよ。なんだろうかな、中途半端は許されない気がするんだ」
「そっか。満からチョコレートをもらえる風斗くんや香織ちゃんが羨ましいわね」
「余ったらお母さんとお父さんにもあげるって」
「余ったらなんだ」
満の話を聞いて、母親はおかしくて笑っていた。
あまりにも笑うものだから、満は不機嫌そうにぶすーっと頬を膨らませていた。
ひとまず買うものは買ったということで、満たちは買い物を済ませて家へと戻ったのだった。
そして、迎えたバレンタインの日。
「はい、風斗。これあげる」
「俺にか?」
「そっ、他にいるわけ?」
満が恥ずかしそうに目を合わせずに差し出してきた包みに、風斗がびっくりしていた。
リボンが結ばれたその包みは、間違いなくあれだったのだから。
「いや、お前からもらえるとは思ってもみなかったな。サンキューな、みち……ルナ」
女の姿である満に、思わず名前を間違えそうになる風斗である。そのくらいに驚いたというわけだ。
だが、その様子をクラスの中で見せたのは悪手である。あっという間にクラスの中でひそひそと話が広まってしまう。
「おい、そんなんじゃねえから!」
「そうですよ。普段からお世話になってるから、感謝の気持ちで渡しただけです。ふ、深い意味はないですから!」
二人揃っていいわけをするものの、クラス中のみんなのにやにやが止まらない。
この光景には二人揃って顔を真っ赤にしてしまい、お互いに顔を逸らして椅子に座り込んでしまったのだった。
「……今度からは場所を変えてやってくれよ」
「……うん、ごめん」
この日の満と風斗はずっと気まずい雰囲気のままで、いつもなら一緒に帰るはずが別々に帰ることになってしまったのだった。
あまりのうっかりに、満はこの日のやらかしをしばらく後悔するのであった。