第283話 いつか迎えるその日
満は配信終了したことを何度も確認すると、ヘッドセットとモーションキャプチャを外してほっとひと息である。
それにしても、フード付きのもこもこパジャマと黒タイツという格好で配信していたなど、一体誰が想像するだろうか。もうまるっきり女子の格好である。
「ヴァーチャルで餅つきをすることになるとは思ってもみなかったなぁ。なかなか新鮮で楽しかったけど」
満はくすくすと笑っている。
満は配信終了後のアーカイブ化を始める。
合同配信でもこのようなことができるのは、PASSTREAMERの面白いところである。
配信時の取り分比率に関係なく、再生されれば広告料収入で利益がもたらされる。配信時の取り分比率が適応されるのは、あくまでもスパチャだけなのだ。
「さて、アーカイブのアップ完了っと。僕はもう寝ようかな。二度も初詣に行ったから、さすがに疲れちゃったよ」
あくびをしながら、満は布団を敷いてごろりと転がる。
満がここまで疲れているのは、年越しの二日間が女性のままだったということも影響しているのかもしれない。必要以上に気を遣ったのだろう。
そんなわけで、満はあっさりと眠ってしまった。
夜の10時半就寝、早すぎるというものである。
そんな満だったが、日付が変わる前に突然布団から抜け出し、部屋から外へと出ていく。
背中から翼を生やしたかと思うと、どこかへと飛び去っていく。
どこかに降り立ったかと思うと、玄関の呼び鈴を突然鳴らした。
「夜分に失礼するぞ。グラッサ、いるか?」
突然中へと呼び掛ける。
家の中からバタバタという足音が響き、玄関がガチャリと開く。
「まったく、何の用かしら、ルナ・フォルモント」
パジャマ姿に眼鏡をかけたグラッサが出迎える。
「すまんな。ちょっと話したくなってやって来た。満が早く寝てくれたのでな、こうやって早く来ることができたぞ」
「まあ、外は寒いから入りなさい。ドーターも眠ってしまったので、私とダーリンしか起きてないわよ」
「なんだ、グラッサの娘ももう寝てしまったのか。まぁいいか。あまり満にも小麦にも聞かせるような内容ではないだろうしな」
ルナがなにやら難しい顔をしている。これには何かを感じたグラッサではあるが、ひとまずルナを家の中に招き入れた。
「ココアでいいかしら」
「なんでも構わぬぞ。満の体でもあるから、大抵のものはいける」
台所に向かったグラッサと別れ、ルナは今のソファーにどっしりと腰を落ち着かせている。
「なんというか、可愛らしい格好をしていますね」
「満の趣味らしい。妾はあまり好かぬが、いちいち着替えるのも面倒だからな」
「そういうことにしておきます」
ぶすっとした表情を見せるルナではあるが、小麦の父親は笑っていながらもあまり触れないようにしたようだ。機嫌を損ねれば、グラッサがいるとはいえ多少の被害は免れないだろうからだ。
それに、なにぶん娘が眠っている。うるさくして起こすわけにはいかなかったのだ。
「それで、わざわざうちまで来て話って何なのかしら、ルナ・フォルモント」
ココアをテーブルに置いて、グラッサはルナに話し掛けている。
「なあに、昨夜のことだ。妾ではないというのに、満が除夜の鐘に気持ち悪くなっていたのが気になってな……。真祖たる妾には通じぬはずだし、満は人間だ。音がうるさいくらい思うことはあっても、あのように苦しむことは考えられぬ」
「確かにそうね。私はルナ・フォルモントの影響で吸血鬼化しているからと思ったのですけれど」
「いや、それはあり得るかもしれんな。はあ、早く妾の呪縛から、満を解き放ってやりたいものだわい」
ココアを一口含みながら、ルナが愚痴をこぼしている。
「だが、妾にはその方法は分からぬ。そもそも、どうしてこうなったのかも分からぬからな」
「一応、波長が近かったということは分かっているのよね?」
「うむ。そうでなければ、普通はこんな現象は起こらん」
「そうなると、別の要因もあって、ルナさんと同化してしてしまったと、そういうわけですかね」
「あるとすればそうだな、変身願望といったところか」
ルナがひとつの可能性を提示する。
そう、満が元々持ち合わせていた、別の何かになりたいという気持ちに影響されて、吸血鬼のアバターを操る満に引き寄せられたという可能性だ。
なんともこじつけじみた話ではあるが、これが一番しっくりくるというものである。
「満がこの間の世界大会に出て世界規模の知名度になったのだ。妾とそろそろ決別できると思うたのだが……、世の中そううまくはいかんようだな」
「難儀な話ですね」
「まったくぞ」
ルナは苦い笑いを浮かべていた。
しばらく話し込んでいたルナだったが、突然立ち上がる。
「まったく、邪魔したな。お前さんと話ができて、少し気が楽になったわい」
どうやら、あまり遅くなれないと帰ることにしたようだった。
「ええ、それはよかったですね。私も向こうに戻ったら調べてみることにするわ」
「うむ、妾は動けんから、頼ることになってすまんな」
「いいのですよ。私たちの仲ですからね」
グラッサの言葉にルナは微笑みを浮かべていた。
ふわっと浮き上がると、最後にもうひと言かけていく。
「気兼ねなくやり合える日を楽しみにしておるぞ、グラッサ」
ルナ・フォルモントはその言葉を残して、元日の闇夜へと飛び去って行った。