第274話 ブイキャス忘年会
今年も残すところ三日となった日のこと、香織は久しぶりにVブロードキャスト社に出社していた。
それというのも、年末企画である『ブイキャス集合! 大忘年会』の配信をするためである。
第一期生から第四期生までの十名ほどが揃うという状況の中で、マイカとぴょこらの二人は最年少として参加することになった。
「おはようございます」
「おはよう、マイカちゃん。さあ、今年最後の配信だから、気合い入れていきましょうね」
「は、はい。よろしくお願いします、ミミ先輩」
控室に現れたマイカを華樹ミミが出迎えてくれた。
しかし、中を見ると蒼龍タクミや夜風パピヨン、瀬琉フィルムたち先輩に加え、泡沫ふぃりあや茨木勝刀といった同期も揃っている。
ブイキャス大集合といった感じだ。
「第五期生はいらっしゃらないんですね」
「ああ、あいつらは自宅組だしな。ここまで来れるやつはまずいない。システムの関係上、今回の忘年会には参加できないんだ。しょうがねえから、リスナーとして参加できる奴には参加してもらえるように要請は出してあるよ」
マイカの質問に、タクミはそのように答えていた。
「それにしても、アバ信としてはかなり個性的な姿な人たちだけど、中の人は本当に普通なんだと思わされますね」
「フィルム、それはお前もだろうが。どっからどう見てもそこら辺にいる若い奴って感じだぞ。誰が映画マニアだと思うさ」
「タクミさんはイメージ通りだと思いますけどね」
フィルムから言い返されたタクミは、ちょっと照れたような態度を見せている。これにはミミたちもくすくすと笑ってしまう。
「おはようございますにゃ!」
ちょっと遅れてぴょこらが顔を出した。
まさかの語尾が「にゃ」である。どうやらこの時点からキャラになり切っているようだ。
「ぴょこらちゃん、早い早い」
ふぃりあに突っ込まれている。
「いやぁ、キャラ作っておいた方がいいかなと思いましてね。なにぶん、普段はお堅い優等生で通ってますからね、私。いたずらっ子なんて自分のガラじゃないというかなんといいますか……」
ぴょこらは恥ずかしそうにしながら、言い訳をしている。
「いや、配信中はしっかりできてるから、何も問題ないと思うぞ。切り替えの早さが羨ましいぜ」
そう言うのは同期の勝刀だった。
勝刀は普段の振る舞いとアバ信のキャラの差異が少ない方である。とはいえ、アバ信としては刀使いの鬼なので、少々ばかり演技も入れている。
普段とアバ信との間で違いの大きなキャラを演じている人たちには、いろいろ教えてもらいたいと考えているようなのだ。
「私に聞こうとするものでしょうか。私、中学二年生ですよ?」
「年なんて関係ない。できる人に教えを乞いたいんだよ」
勝刀はぴょこらに対して土下座までしていた。これにはどうしたらいいのか困ってしまうぴょこらだった。
「にぎやかですね」
Vブロードキャスト社の社員が四名ほど入ってくる。言葉を発したのは森のようだ。
それ以外に入ってきたのは橘、海藤、犬塚で、だいたいいつものメンバーだった。
「本当にこんな年末に集まって頂きましてありがとうございます。第四期生までの活動は年内は今日は最後ですので、しっかりと配信を頑張って下さいね」
「ってことは、やっぱ五期生はまだあるんだな」
「はい、自宅などから配信となりますからね。おかげで、私たちには年末も三が日もありませんよ。社長の方針とはいえ、いい迷惑です」
「犬塚、さすがに今の発言はやばいぞ」
すぐさま咎める橘である。
「これは失礼しました。みなさんも今のは忘れて下さいね」
すました顔でそのようにお願いしてくる犬塚に、華樹ミミですら苦笑いだった。
「それで、今日の忘年会ですけれど、何がしたいか希望を聞いていましたので、それに沿って行っていきたいと思います」
「配管工レーシングは却下だったことだけは伝えておくぞ」
「やっぱりですか……」
橘が伝えてきた結果に、マイカはとても残念そうだった。
「個人勢ならいいんですけれどね。私たちのような企業勢はちょっといろいろ権利関係とか問題がありますのでね。法務的なことになると彼らには敵いませんから」
「というわけで、余計なトラブルが起きるような案は、全部弾いておきましたよ」
さすがはちゃんとした企業。対策はばっちりである。
残った企画の中から使えそうなものを森たちは選んで、ある程度の台本は考えてきたようだった。
それに沿って森たち企業側と華樹ミミたちアバター配信者側とで最終的な調整が行われていく。
ちなみに、配信の開始時刻は午後の三時だ。そこから三時間という長丁場で生配信を行う予定である。
途中でお昼休憩を挟むと、犬塚と海藤の二人が配信の準備のために抜ける。なにせ十人前後という大人数での配信というものは、どういった不具合が出るのか予測がつかないからだ。
以前にあった第四期生の発表配信でも、この二人が時間をかけて調整していた。本当に技術屋というのは大変なのである。
すべての調整が終わり、いよいよ配信の準備だ。四つのスタジオに同期ごとのグループとなってそれぞれ入っていく。
年内最後の配信とあって、マイカもガッチガチに固まっている。
時間を迎え、いよいよブイキャス忘年会の配信が始まったのだった。