第273話 戻ってきた日常
年明けまで数日、満はようやく戻ってきた日常を満喫していた。
世界大会だったとはいえ、学校を一週間も休んでのゲーム三昧の日々は、まるで夢心地のようだったと振り返っている。
その満のもとに、風斗が尋ねてきた。
「おーい満。ちょっくら出かけようぜ」
「風斗? ちょっと待ってて、すぐ準備するよ」
満はバタバタと準備をして、玄関で待つ風斗のところまで走っていった。
「今日は男なんだな」
「うん、ちょっと長かったからね、女の子だったのが。珍しく二日間連続で男の子だよ」
「そりゃ珍しいな。女の状態が二日続くことはあっても、男の状態が連日っていうのは、今年に入ってほぼ皆無だったからな」
なんとも大げさに聞こえるかもしれないが、実際にそうだった。満の記憶も、はっきり覚えているのは親の実家に戻った時くらいである。そのくらいに女で過ごすことが多かったのだ。
というわけで、今日は久しぶりに男同士のお出かけを楽しむことにする風斗と満なのである。
いつものように駅前までやって来た二人が見たものは、すっかり年越しの様相と化した街並みだった。これでも四日前まではクリスマス一色だったのだから、なんとも素早い模様替えである。
「すっかり、お正月気分だな、これは」
「うん、そうだね」
淡々と短い言葉を交わす二人である。あまり話題がないようだ。主だった話題は、ここでは話ができないのだからしょうがない。
「とりあえず、いつもの書店に行こうか」
「そっか、年始発売の本、もう並んでるよね」
風斗の呼び掛けに、驚きながら反応する満である。
そう、29日から年明け三が日の間は発売が止まる。なので、その間に発売日を迎える本は、すべて今日までに発売されてしまうのだ。
となれば、満が毎月買っているあの本も、もう出ているはずなのである。
ただ、今月の『月刊アバター配信者』はちょっと買うには勇気が必要だった。
それというのも、配管工レーシングの世界大会への参加を表明した後のことが載っているからだ。
ちょっと戸惑う満を見て、風斗は肩に手をポンと置く。
「大丈夫だ。今のお前ならばれない。配信で姿が映ったのはルナの方だ。何も心配は要らない」
しっかりと言い聞かせるように話しかけてくる風斗の言葉に、満は「そうだね」と答えてこくりと頷いていた。
風斗のおかげで落ち着いた満は、漫画の新刊と一緒に月刊アバター配信者を購入する。
心配していたものの、特に声をかけられることもなく、あっさりと購入できた。思わずほっと胸を撫で下ろす満なのである。
「なっ、心配なかったろ?」
「うん、話題を振られることもなかった。ちょっとびっくりだったよ」
「それじゃ、いつものようにハンバーガーでも食いながらゆっくり見るとしようぜ」
本の購入を終えた満たちは、いつものようにファーストフード店へに寄って、買った本の確認を行ったのだった。
その日の夜。
「みなさま、おはようですわ。光月ルナでございます」
『おはよるなー』
『おはよるな~』
『久しぶりのルナちの配信じゃーっ!』
本当に久しぶりの配信だった。
長らく世界大会のために配信を行えなかったので、だいたい10日ぶりくらいである。
「本当に久しぶりでございます。お待たせして申し訳ございませんですわ」
『いやいや、世界大会の活躍を見たら、そんな文句は出てこないって』
『初出場で個人戦の優勝かっさらっていくとか、ルナちすぎるwww』
『ショートカット禁止されてないコースだと、鬼のように決めまくってたなwwwww』
『あれはルナちにしかできない』
『リアルのルナちがそっくりすぎてびっくりした』
『そういや、顔出ししてたんだよな』
『マッハ様のおかげで、すぐに特定できたよなwww』
あれだけ分かりやすい目印がいたせいで、特定はたやすかったようだ。
それがなくても日本チームのネームプレートに『LUNA』と書いてあったのだから、なおさら簡単だった。特定のための要素が多すぎたのだ。
「はい、お恥ずかしながら、ちょっと本気を出してしまいましたね。もう少し、真祖として手加減をするべきでした」
『いや、それはそれで相手に失礼』
『せやけど、あそこまで本気を出されると勝負にならんてwwww』
『そwれwなw』
もうどっちがよかったのだろうか。リスナーの反応を見てみても、結局よく分からない満なのである。
月刊アバター配信者の内容も、結局配管工レーシングで埋め尽くされていて、世界大会の総括のような配信になってしまった。
『ルナちは来年も出るん?』
ふと飛び出したリスナーの質問に、満はちょっと悩んでしまう。
それというのも、来年は高校受験を控えているからだ。その状況で大会に出るのはどうかと思うので、これだけ悩んでしまうのだ。
『いやあ、出ない方がいいと思うぞ』
『せやな。ルナちだけめっちゃ制約つくかもしれんからな』
『あれだけ暴れられればしゃーない』
ところが、リスナーたちの意見は消極的なものばかりだった。これには思わずびっくりしてしまう。
「まあ、来年はまた考えましょう。鬼が笑うとも申しますし、今結論を出すのも早計でしょう」
満がこのように現時点での判断を下すと、リスナーたちは支持してくれたようである。
確かにまだ今年の大会が終わったばかり。一年も先のことを今からとやかく言うのも気が早すぎるというわけだった。
「それでは、今日のところはこれで終わりと致しましょう。年内にもう一度配信を行う予定ですので、本日は普通の挨拶でしめましょう。それでは、ごきげんよう」
『おつるなー』
『おつるな~』
荒れる覚悟もしていた配信は、特になにごともなく無事に終わることができたのだった。
満はリスナーたちに感謝しながら、今日の分のアーカイブを作成するのだった。