第271話 お祭りの終わり
キーンに事情を説明して、満はグラッサとともにトマと邪魔にならない場所に移動する。
[グラッサ、なんでお前が日本にいるんだ。フランスで仕事中だと聞いているぞ!]
トマはグラッサに対しても強い態度に出ている。
[なんでいるかって? さっきもいったじゃないの、ドーターと会っていたのよ。今年の年末は家族で一緒に過ごす約束をしていたからね]
[なんだって?!]
グラッサの話に、トマは信じられないといった様子である。
そして、目の前で繰り広げられるフランス語のやり取りを、どういうわけか満は全部理解できていた。
[まあそれは今はいいとしよう。だが、なんで退治屋のトップクラスの実力者であるグラッサが、こいつの肩を持つんだ。どう考えたっておかしいだろ、ああ?]
相変わらずの強い態度を見せるトマ。だが、この程度の脅しで弱いところを見せるグラッサではなかった。
年上で先輩で実力的に上である自分に対してかみついているトマの姿に、ため息を漏らすくらいである。
[あのね、冷静になりなさい。その分だと、今日の大会でぼろ負けをしたのでしょうね。みっともない八つ当たりだわ]
[ぐっ!]
痛いところを突かれて、トマは押し黙ってしまう。
思わずあんぐりとしてしまう満だが、グラッサはトマの様子をおかしく笑っている。
[それにしても、フランス語がきちんと理解できているようね。ルナ・フォルモントの影響かしらね]
[ああ、そういうことなんですね]
ルナ・フォルモントの影響といわれて、満はどうも納得してしまったらしい。ルナ・フォルモントとたまに夢の中で会うのだが、その時にそんなことを喋っていた気がするからだ。
[トマ、この子はルナ・フォルモントの姿をしているが、ルナ・フォルモントではない。ちょっとした事故でルナ・フォルモントと融合しているだけのただの中学生だ]
[なんだと?! そんなことがあり得るのか?]
トマは驚いているようだった。
[そんなわけだ。この子のことは私の方で経過観察中だ。あまり変に刺激してやらないでくれ]
[くそう、グラッサがそういうんなら、しょうがねえな……]
ようやくトマは、満への異常な執着をやめることを約束してくれた。これでようやくほっとする満である。
[それはそれとして、君はこんな顔が割れるような大会に参加してよかったのかな。アバター配信者をしているのだろう?]
[確かにそうなんですけれど、僕本来の姿じゃないからいいかなって思いましてね。この姿も、ルナさんが復活すればお別れになるんですから]
[そうか……]
満の言葉に、グラッサはそれ以上何も言わなかった。
満の肩から手を離したグラッサは、パーティー会場の入口へと向かって歩き出す。
[ルナ、明日の朝、私の運転で街に戻るとしよう。今日のところは仲間と一緒に楽しむといい]
[はい、ありがとうございます。よろしくお願いしますね]
満の返事を聞いたグラッサは、手を振りながらパーティー会場を後にしていった。
さすがに大会に参加していなかったので、筋を通したようである。
グラッサが返ると、満はトマとも和解をしてマッハたちのところへと戻っていく。
「おう、ルナ。どこに行ってたんだ」
「すみません、ちょっとお手洗いに行ってました。広くて迷っちゃったんですけど、親切な方に案内してもらいました」
「おいおい、配管工レーシングの腕前はとんでもないのに、ちょこちょこ抜けてんな」
「あははは」
マッハのからかいに、満は笑ってごまかしておく。
横ではキーンが心配そうに見ているものの、満はウィンクをしながら唇に人差し指の腹を当てて黙っておくようにお願いしていた。まったくなんとも自然と小悪魔的な癖を身につけているものである。
いろいろなことのあった一週間ではあったものの、打ち上げのクリスマスパーティーをしっかりと楽しんだ満たちなのであった。
翌朝、満はホテルのロビーでマッハたちと話をしている。
これでお別れになるのだから、ちょっと名残惜しそうである。
最後にはまた一緒に遊びましょうとだけ約束をすると、笑顔で大きく手を振りながら、満はマッハたちと別れたのだった。
ホテルを出ると、満はグラッサの運転する車で家路につく。
しばらくは黙っていたのだが、高速道路に入ったあたりで、ようやくグラッサが口を開いた。
「ずいぶんと楽しんでいたようね」
「はい、ものすごく楽しかったです」
グラッサの質問に、満面の笑みで答えている。全身から楽しかったことが伝わってくるというものだ。
「そう。昨夜のドレス、ものすごく似合っていたわよ。封印する前のルナ・フォルモントを思い出すような真っ赤なドレスだったわね」
「そんなにルナさんに似ていましたか、僕」
「ええ、とってもね。でも、君は君よ。あまりルナ・フォルモントに気を許さないでね。意識まで乗っ取られかねないわ」
「ルナさんはそんなことをするつもりはないみたいですけれど、一応気を付けておきます」
「ええ、自分をしっかり持ってちょうだいね」
「はい」
グラッサからの忠告に、満はしっかりと返事をする。
実際、二日に一回のペースで女性化しているという現実があるのだ。
ルナ・フォルモントに意識を乗っ取られなくても、性別が乗っ取られてしまいそうなので、満も十分警戒しているのである。
「そうだわ。家に戻る前にドーターに会っていくかしら」
「グラッサさんの娘さんですか。会ってみたいですね」
「そう。ドーターも喜ぶわ」
短い会話を終わらせると、グラッサは高速を飛ばしていく。もちろん、法定速度は守りながらである。
満はグラッサの運転する車で、ようやく故郷の街に戻ってきたのだった。