第270話 遅れたクリスマスパーティー
二日間のお祭りも終わり、その夜は満天楼主催による一日遅れのクリスマスパーティーとなった。
満はキーンと一緒にお店巡りをした時に購入させられたドレスに身を包んでいる。
(うう、こんなに背中の開いている服なんて、初めて着るよ。なんともすーすーして寒いなぁ……)
不慣れなドレス姿に、満はすごく恥ずかしそうにしている。マッハたちからは似合っていると褒められたのだが、こんな目立つ深紅のドレスは満には刺激が強すぎたようだ。
(足元もなんだかかかとの高い靴だから、歩きづらいよう。半分吸血鬼になっているから、なんとか歩けている感じだけど、足をくじきそうで怖いな)
たくさん参加者たちが集まる中、満は数少ない未成年である。だが、今回の大会の参加者には、満よりも年下がいたのだから驚きだ。
イギリスチームに13歳の少年がいたらしいのだが、この広い会場の中では出会うのも一苦労である。
なにせ、マッハたちが放してくれないから、向こうからやって来るのを待たなければならいのだ。ますます話がしづらいというものである。
「さあ、ルナ。今回のMVPはお前なんだから、じゃんじゃん食べてくれ」
「もう、マッハ。お金出してるのはあなたじゃないでしょうに。それに女の子相手に無理やり食べさせようとしないの。大丈夫、ルナちゃん」
「は、はい。平気です。ちゃんと全部食べられますから」
マッハはどうもお酒が入っているらしく、満にやたらと絡んでくる。どうやら絡み上戸のようだ。困ったものである。
それにしても、満の持っているお皿には、もう和洋中ごっちゃ混ぜといった感じになっている。酔っぱらったマッハが、遠慮なしに載せてきたのだ。
満も抵抗すればいいものを、おとなしく皿に盛られてはもりもり食べているものだから、マッハも調子に乗ってどんどん追加していく。もはやわんこそば状態である。
「意外とよその国の方々は絡んできませんね」
「まあ、大会が終わって無礼講とはいっても、やっぱり他国の人間には絡みづらいでしょうね。あそこに見えるキングダムくらいでしょう、積極的に挨拶に回っているのは」
キーンが視線を向ける先には、マイケルをリーダーとしたアメリカチーム、通称『キングダム』のメンバーが見える。
視線を向けたことに気が付かれてしまったか、マイケルが満たちに近付いてくる。
「げっ、気付かれた」
露骨に嫌な顔をするキーンである。
[おう、マイケルじゃねえか。トータルじゃ俺の方が上だったな。個人戦のトップはまだ譲らねえぞ]
[何を寝ぼけたことを言っているんだ。個人戦のトップはそこにいる少女じゃないか。お前はもう二番目なんだよ]
[いいんだよ、ルナはチームメイトだからよ。お前に負けなきゃひとまずいいんだ]
マッハはマイケルと英語で話をしている。やっぱり満たちには英語はさっぱり分からなかった。
「マッハさんって英語ペラペラですけど、仕事何をしてるんでしたっけ」
「商社だったと思うけど、私も詳しくは知らないわ。正確なところは教えてくれないもの」
結局マッハという人物はどういう人なのか分からないままだった。ただ、英語がすごく得意な人ということだけは分かったのだった。
その後も、満はお皿を山盛りにされながらパーティーを楽しんでいたのだが、そこに一人の男性が近付いてきた。
[おい、そこの女]
[僕ですか?]
もりもりとローストチキンを頬張っているところに声をかけられた満は、一応飲み込んでから応対する。
この時も満本人は気が付いていないのだが、流ちょうなフランス語飛び出していた。
そう、相手はフランスチームのトマだった。
[何か反則技を使ったわけじゃないよな? なんだ、あのへんてこなプレイは]
[何もしてませんよ。何を証拠に疑うんですか、あなたは]
お皿からこぼれそうになった肉をぺろりと平らげてから、満はトマに対して反論している。
「ねえ、ルナちゃん」
そこへキーンがやって来る。
「どうかしましたか、キーンさん」
「いや、なんでフランス語を喋れているの? 英語がさっぱりだったのに」
「えっ、僕ってフランス語を喋ってました?」
キーンに指摘されて、満は混乱しているようだった。
[ああ、お前はフランス語を喋っているよ。そんなことも分からねえのか]
[分かりませんよ。僕は普通に喋っているつもりですからね]
「ちょっと、ルナちゃん、何を喋ってるの?」
どうやらトマと対応する時だけフランス語になっているらしい。こうなって初めて満は自分がフランス語を平然と喋っていることに気が付いたのだ。
どういうことなのだろうかと首を捻る満だが、その理由を分かる者は誰もいなかった。
[やれやれ。トマ、何を絡んでいるのよ]
不思議な雰囲気になっているところに、満の耳に久しい声が聞こえてくる。
[グラッサ、ここは配管工レーシングの打ち上げ会場だぞ。なんで部外者が入ってこれているんだ]
[グラッサさん!]
[お久しぶりね。……これを見せれば納得するかしら]
グラッサが取り出したのは、なんと入場許可証だった。
[ドーターに頼まれてね、ルナを迎えに来たのよ。同じ自治体に住んでいるからね]
不敵に笑うグラッサに、信じられないという顔を見せるトマである。
トマに絡まれた上にグラッサまで登場したパーティー会場は、ますます混迷の色を深め始めていたのだった。