第264話 大会初日のちょっとした騒ぎ
配管工レーシングの世界大会の一日目が終わり、満たちはホテルへと戻ることになった。
「ふぅ~……。ペア決めのくじ運はそんなによろしくなかったな」
「そうだな。組み合わせ次第じゃ一戦も落とさなかっただろうな」
「全部ルナちゃんのおかげよね?」
マッハたちが話をする中、キーンが満の後ろに立って肩に手を置きながらにっこりと微笑んでいる。
「確かにそうだな」
「正直マッハに勝ったのはまぐれだと思ってたが、今回その実力をまざまざと見せつけられて、これは本物だと思わざるを得なかったからな」
「ああ、今回の勝ちの多くは彼女の力によるものだよ」
チームメイトに褒められて、満は思わず照れてしまう。
「ラークルートのショートカットは驚かされたな。成功者0のあのショートカットを二度も決めてくれるんだから、びっくりしたもんだぜ」
「でも、これだけ大々的に見せつけちまうと、次回からは確実に禁止だろうな」
「ははっ、間違いねえな」
チームメイトたちがわいわいと話す中、満は照れたまま黙っている。どういう風に話に混ざっていいのか分からないのである。こういうところは中学二年生って感じである。
だが、ここで見かねたマッハが話を止めに入る。
「まあ、これで初日が終わったんだ。ホテルに戻って、明日の残りに備えてゆっくり休もうぜ」
マッハの掛け声で、チームは揃ってホテルに戻ろうとする。
しかし、その時の満は突然身震いをしてしまう。
「ご、ごめんなさい。ちょっとお手洗いに行ってきますね」
「ああ、行ってきていいぞ。今まで緊張してたから、そうなるのも無理はないからな」
「お手洗いの場所は分かる?」
「それは大丈夫です。それじゃなるべく早く戻りますね」
「おう、気を付けて行ってこいよ」
満はマッハたちと別れて、お手洗いへと駆けこんだ。
無事にお手洗いをすまし、戻ろうとする満の前に一人の男性が現れた。
[見つけたぞ。ここであったが100年目だな]
目の前の男性は、満はどこかで見たと感じている。
それもそうだろう。トータルタイムアタックで一緒のブースにあたった男性だったからだ。
(確か名前は……)
満は、その時に聞いたであろう男性の名前を思い出す。
[トマさんですね。今日はお疲れ様でした]
満が言葉を返すと、目の前の男性が驚いていることに気が付く。
[お前、フランス語が喋れたのか?]
反応から察するに、満はフランス語を喋っているらしい。その一方で、満の方もトマの言葉が分かる。これはどういうことなのだろうか。
[やはりお前はルナ・フォルモントか。退治屋として、お前を退治してくれる!]
トマという名前の男性は、突然満に襲い掛かってくる。
だが、満はその攻撃を難なく躱してしまう。
[ちょっと、こんな目立つところでいきなり何をするんですか!]
[うるさい! 化け物のくせに一般人面してるんじゃねえよ]
[こんなところで問題を起こすと、チームが失格になっちゃいますよ。いいんですか、それで!]
さすがに理不尽な行為には、きちんと論理的にやり返す。
満の指摘は効果的だったのか、トマは動きがぴたりと止まる。
[白黒はゲームでつけましょう。フランスチームとは、まだあたっていないわけですからね]
[くっ……、その通りだな。状況的に、そうせざるを得ないな……]
トマは攻撃態勢を解いている。それというのも、大きな声で言い合う騒ぎを聞きつけたスタッフが駆けつけようとしているからだ。さすがに騒ぎの現場を目撃されるわけにはいかないのだ。
[今日のところは命拾いをしたな! こうなったら、お前の悪事を白日の下にさらけ出してやるしかない。覚悟しておけ!]
トマは何事もなかったかのように歩き去っていった。
まったくなんだったのかと思いながらも、満はチームメイトのところへと戻っていった。
結局満は、トマのことは誰にも話さずにいた。問題にするのは簡単ではあろうが、今は配管工レーシングの世界他界の真っ只中だ。ならば、ゲームではっきりと勝負をつけるのが筋だと考えたからだ。
幸い、満の指摘通り、現在はトマの所属するフランスのチームとの対戦はまだ行われていない。なので、トマとの勝敗をしっかり付けられる環境は残されているのである。
一方的な因縁をつけられてしまった以上、満はしっかりと返り討ちにするつもりである。
ホテルへと無事に戻ることができた満たちは、ホテルのレストランで食事を済ませ、明日に備えて早めに休む。
対戦相手が誰であろうとも、その実力をいかんなく発揮すればきっと勝てるだろうから。
それにしても、あれだけ定期的に配信を行ってきた満も、この一週間よく耐えてきているものである。自身は配信が行えず、また誰の配信も見ることもできない状況で過ごしてきたのだから。
声はアバター配信者コンテストの時もあったことであり、その時の経験が今に活きているようである。
あの時も配信したくてうずうずしていたのだ。しかし、本番まで一切の配信を断ち切って当日を迎えたのである。この時の経験がなければ、おそらく満は耐えきれなかっただろう。
(今は配信のことは忘れて、マッハさんたちと一緒に戦いきることに集中するのです。頑張りましょう、僕)
キーンが寝息を立てるベッドの隣で気合いを入れた満は、ようやく翌日に備えて眠りについたのだった。