第26話 反応に困る贈り物
「それで、母さん」
翌日、学校から戻ってきた満は、とんでもない光景を見ていた。
「あら、お帰り。ちょうどよかったわ、満」
にこにことした表情で満を迎える母親。一体どうしてそんな顔をしているのか。
満が顔を引きつらせているのも無理はない。母親が手にしているものは、満にとって信じがたいものだったからだ。
「なんなの、その女物の服は……」
そう、女性用の服の山だった。
肌着から上着まで、一体いくら使ったんだと頭を抱えたくなる量である。
「いや、吸血鬼のルナちゃんだっけ? 見た瞬間に私の全身に電撃が走ったのよ。そう、私は娘が欲しかったんだということなのね」
「なにを言ってるの、母さん」
母親の口から出てきた言葉に、思わず耳を疑う満。本当に「お前は何を言っているんだ?」の状態だった。
ドン引きの満に対して、うきうきした様子の母親。その温度差は火を見るよりも明らかだった。
だが、母親の暴走はここで終わらなかった。
「そうよ。満も着てみたらいいんだわ。声変わりはしてないから、女の子の服を着ればごまかせるんじゃないの?」
この声変わりはしていないというの事実である。光月ルナとしての配信は、ボイスチェンジャーなどは使用していない。満の地声でやり遂げていたのである。
それを思えば、満の華奢な体であれば、女物の服を着れば女性として通用してしまいそうではあった。
「母さん、本気でいってるんだったらやめてね?」
とはいえ、ここで女装させられてしまうわけにはいかない。流れに飲まれてしまっては、このまま着せ替え人形にされそうだと心底危機感を覚えていたのだ。
満は後退りながら、居間から出ていこうとする。
「そうね。無理強いはよくないかしらね。分かったわ、とりあえずは満の隣の部屋の空き部屋のタンスに入れておくわね。ルナちゃんによろしくね」
「は、はあ。わかったよ……」
とりあえず女装の危機から脱した満だったが、母親のあまりの気迫にどっと疲れてしまったのだった。
「母さんったら本当に困ったもんだよ。今日はレニちゃんの配信があるから、それでも見て忘れよう」
自分の部屋に戻った満は、荷物を置いて椅子に座って机に突っ伏す。あまり元気がない状態ながらも、パソコンの電源を押す。そのまま流れるようにして、PASSTREAMERのサイトを表示させていた。
満のアバターである光月ルナのチャンネル登録者数は、今日も順調に増えていた。動画の再生数も軒並み登録者数を上回っており、これなら翌月から解放される収益もかなり期待できそうだった。
ついにやけてしまう満だったが、いつまでもそうやっているわけにはいかなかった。
今日はファンである真家レニの配信日だ。それまでにやれることは全部済ませておくのが、満のルーティンなのである。
ひとまずはSNSのチェック。フォロワーも増えて、すべてを確認するのが大変だ。変なDMは全部ごみ箱行き。
真家レニがやらかした一件以降、通知も増えたのですべて切ってある。
ひと通り終われば、次は宿題に手を付ける。満の頭はそれほど良くはないが悪くもない。通常なら一時間もあれば十分終わる。
それから夕食でお風呂に入れば、ちょうどいいくらいの時間に部屋に戻ってこれるのだ。
「よし、8時40分。レニちゃんの配信には間に合うね」
満はパジャマを着てモニタの前に座っている。
真家レニの配信はまだまだだというのに、この段階で既に一万人ほどが待機していた。
(みんなも暇人だなぁ)
あまりにも早すぎる待機に、満は思わず苦笑いである。なにせ、その暇人の一人なのだから。
「それでは、今日もお付き合いありがとうございました。みなさん、おつれに~」
『おつれに~』
『おつれに~』
あっという間の30分間の真家レニの配信が終わる。
今日はいつもより短めではあったものの、相変わらずの真家レニの超絶技巧が冴え渡っていた。
そして、配信を見終わった満は、モニタの前で惚けている。それには理由があった。
「いや、まさか僕が描かれるなんて思ってもみなかったな」
そう、今回は光月ルナのイラストが描かれたのである。吸血鬼らしい怪しい雰囲気を持った素敵なイラストだったので、満は衝撃のあまりに放心しているのである。
超絶技巧というのは、真家レニの人気のひとつである。
アタリもなく、予想もしないところから動きのある絵を描き上げてしまうのだ。しかも短時間で。
今回も実質の描写時間は22分ほどだ。だというのに、光月ルナのバストアップイラストを描き上げてしまったのである。
妖しげに犬歯を見せながら微笑む光月ルナのイラストは、中の人である満も虜にしているのだ。
「うわあああっ! 嬉しくて恥ずかしぬ……」
両手で顔覆ってモニタを直視できない満である。
それと同時に、自分のチャンネルの通知に新着マークがつく。
何だろうと見てみると、さっきの配信で描かれていたイラストが添付されていた。
『ルナち、イラストあげるね』
短い言葉ではあったものの、満は天にも昇る気分だった。なにせ推しのアバター配信者からのプレゼントである。
その日の満は地獄から天国を味わった気分だった。そのあまりの嬉しさに、にやけながら布団に入って悶えながら眠りに就いたのであった。