第249話 満天楼本社にて
翌日、約束通りに満天楼本社を訪れた満たち。
日曜だというのに、朝から社員が快く迎え入れてくれる。
「お待ちしておりました。いやあ、マッハさん、先日のアバター配信者との対戦、見てましたよ」
「いや、あれ見られてたんですか。チャンピオンながら、お恥ずかしい姿を見せてしまって申し訳ありません」
「いえいえ、あれは相手がおかしかったんです」
「まあ、その相手がここに来てるんですけどね」
「え?」
マッハとのやり取りで、社員の目が点になる。
そう、こき下ろしかけた相手がこの場に来ているなど、誰が想像しただろうか。
「お初にお目にかかりますわ。光月ルナでございます」
「あ、あばばばばば……」
光月ルナ本人の挨拶に、社員が大慌てである。
「言ったじゃないですか。対戦相手を連れてくるって……」
社員の同様に、思わず呆れてしまうマッハである。
「こ、これは失礼しました。それでは中へとご案内します」
謝罪を受けた上で、満たちは許可証を受け取って中へと入っていく。
「ゲーム会社の中に入るなんて初めてだぜ」
「き、緊張するわ……」
付き添いで来ている風斗と香織はガッチガチである。
「緊張は分かりますが、今日は日曜日で社員は少ないですから、少しは楽にできると思いますよ」
社員がこうは言っているものの、さすがに楽にはできないというものである。
案内されたのは、マーケティング部の会議室だった。
「ここでしばらくお待ち下さい。担当者がそろそろ来られると思いますのでね」
「あれ、四条さんが担当じゃないんですか」
「私は今日はカスタマー部門の補佐で来ているんですよ。たまたま手が空いていたので出迎えに出ただけなんです」
「それであんなことを言ったんですか。カスタマー相手にそれは失策ですよ」
「その通りですね」
四条は困ったように笑っていた。
「失礼するよ」
会議室の扉が叩かれ、中へと人が入ってくる。
いかにも堅物そうな顔の人物だ。どうやら、この人がマッハと会う約束をした人物のようである。
「そこの銀髪の子が、話題に出ていた光月ルナか。初めまして、忍北内蔵と申します」
「初めまして、光月ルナでございますわ」
入って来た男性が挨拶をしてくるので、満も挨拶を返す。
「藤倉さん、嘘っぱちな名前を言うのはやめて下さいよ」
「へっ?」
普通に挨拶をしたところで、マッハがツッコミを入れている。隣では四条が必死に笑いをこらえている。
どうやら、目の前のいかにも固そうな男性がボケを放ったらしい。
「いや、若い子が来たというから冗談のひとつでもと思ったのだがね。申し訳ない。本当の名は藤倉武流と申します。噂はかねがね聞き及んでおりますよ」
「あっ、そうだったのですわね。ふふっ、気付きませんでしたわ」
自己紹介をやり直した藤倉に対して、満は笑って対応している。
「早速だけど、君たちのリチェンジと配管工レーシングを確認させてもらいたい。四条、預かったらすぐに開発部に行ってチェックをしてくれ」
「承知致しました」
四条は満と風斗からリチェンジと配管工レーシングを預かると、どちらがどちらのかきちんと分かるようにしてから、開発部へと向かっていった。
「まあ、それだけで物足りないから、社内にある貸し出し用のリチェンジと配管工レーシングを使って、実際の腕前を見させてもらおうか。対戦で使ったラークルートでね」
「分かりました。やってみせますわよ」
満はふんすと鼻息を荒くしている。
満天楼の人の前で実際に見せつければ、これ以上ない潔白の証明になる。
早速用意された配管工レーシングをプレイすることにする。
満が選択したのは、やっぱりハッカンである。もはやここまでくればこだわりである。
実際に走らせてみると、やっぱりハッカンでは中団に控えることになってしまう。満の一人プレイでも、やっぱりこの構図になるのだ。
そして、一周目はインサイドジャンプだけで終わった。
だが、二周目からそれは起きた。
「えいっ!」
満の掛け声と同時に、第二コーナーのショートカットが炸裂したのである。
ハッカンのトップスピードではとてもじゃないが普通は距離が足りない。
「なるほどな……。二段ジャンプとは、恐ろしいことをやってのけるな」
「二段ジャンプだって? そんな仕様ありましたっけか?」
マッハが驚いている。
「隠し仕様だね。一般には知られていないはずなんだが、どうしてそれができるのだろうかな」
「えっ? みんな知らないことなんですか?!」
びっくりした満は、つい素の口調で驚いてしまう。
「タイミングがシビアすぎるしな。というか、よく驚きながら普通にレースができるものだね」
藤倉は驚いていた。
驚いてよそ見していたというのに、画面内のハッカンは普通にレースを続けていた。
「あっ、マッハさんへの対策としてラークルートはやり込みましたからね。頭に入っちゃってるんですよ」
「……ゲーマーじゃねえか」
風斗とマッハが同じ感想を呟いていた。
結果、満はノーミスでクリアしてしまう。二回にわたるショートカットとコーナリングのうまさで、誰もが敵わないような圧倒的なタイムを叩き出していた。
「三周で3分59秒か……。ハッカン使いでトップスピードが遅いからか、それほど更新できなかったね」
「最速記録を30秒以上更新しているのに、ハッカンだからもったいなく感じるな」
藤倉とマッハは、それぞれに感想を漏らしている。
いきなりのスーパーレコードだというのに、なんとも微妙な空気が漂っている。
同じコースを風斗とマッハにも走ってもらったが、二人ともショートカットを成功させることはできなかった。
満の異常さばかりが目立つ結果に、会議室の中はすっかり静まり返ってしまうのだった。