第248話 西へ
一周年記念からしばらくたった三連休の日、満は駅前にやって来ていた。
そこには、風斗と香織も一緒にいたのだが、どうも様子がいつもと違っていた。
「うう、まさかリアルで会うことになるなんて……」
「お前ひとりじゃ付き合わせられねえからな。俺たちも同行させてもらうぞ」
「ね、ねえ。なんで私まで一緒にいるんだっけ?」
「ついて行くっていったのはお前だろうが、花宮」
どうも様子を見る限り、満たちは待ち合わせをしているらしい。
駅前という場所を選んだのは、分かりやすいランドマークのためだ。
そして、その待ち合わせの相手というのが、また大物だった。
「やあ、ダメ元で誘ってみたけれど、まさか了承してもらえるとはな。本当に光月ルナにそっくりだな」
現れたのは二十歳すぎの男性だった。
待ち合わせの目印に使われたのは女の子となった満である。
「こ、この人が配管工レーシングの世界チャンピオン……」
「光月ルナに挑戦状を叩きつけて、まさかの返り討ちに遭った世界チャンピオンだ」
「いきなり挨拶だな。まあ、その通りだから困ったもんなんだがな」
男性は苦笑いを浮かべている。
「さて、話は車の中でしようか。ちゃんとリチェンジと配管工レーシングは持ってきているかな」
「もちろんですよ。疑われたままだなんて嫌ですからね」
「あの第二コーナーのショートカットといい、インサイドジャンプといい、疑わしい要素がたくさんあるからな。今日は満天楼本社にお邪魔させてもらうから、失礼のないようにな」
「は、はい!」
待ち合わせをしていた男性、配管工レーシング世界チャンピオンのマッハと合流した満たちは、彼の運転する車で一路西へと向かっていく。
満天楼本社は調べてみると、なんと京都にあるらしい。なるほど、三連休を指定した理由が分かった気がする。日帰りはまず無理だった。
「そういえば、名前を聞いてもいいか?」
「えっ、あっ、はい」
「ちなみに俺は郷松葉というんだ」
「マッハって速いからつけたと思ってたんだが、本名だったのか」
「はっはっはっ、みんなから言われるよ。親に名前の理由を聞いたら、松の葉のように細く鋭く、ひとつのものを突き詰められるようにってつけたらしい。つまりは専門家を目指せってこったろうな」
変わった名前だと思った満たちだったが、命名の理由を聞いて納得してしまった。理由が真剣なものだったので、笑ってはいけない気がしたのだ。
「で、君たちの名前を聞いてもいいかな?」
「僕はそ……、光月ルナで通します」
「通します? 本名は言わないつもりか。まっ、アバ信なら仕方ないか。いいよ、それで合わせてやるから」
初手の満のところで、マッハは笑いながら事情を察していた。
アバター配信者たちは、リアルについては極力明かさないのが暗黙のルールになっているからだ。
「で、後ろの二人は教えてくれるかい?」
「俺は村雲風斗だ」
「私は花宮香織です」
二人は付き添いということで、素直に名乗っていた。
「今回、光月ルナを誘ったのは、理由があるんだ」
「不正の有無の証明か?」
マッハが話し始めると、風斗が警戒して突っかかるようにしている。
「風斗、最後まで聞こうよ」
満と香織で風斗を制すると、風斗は腕を組んで黙り込む。
「もちろん、それもあるさ。彼女が言っていた正規販売店で買ったっていう話を信じていないわけじゃないが、あれだけありえないことを連発されたんじゃ、誰だって疑いたくなるさ」
確かにその通りだ。
インサイドジャンプにしろ、ショートカットにしろ、普通だと実現不可能なことをほいほいとやってのけたのだ。ノーミスがゆえに疑われても仕方のない話なのである。
「負けを認めた以上、俺もその辺りは白黒させておきたい。そのためには、それを実際に満天楼の社員に確認してもらうのがいいと考えたんだ。だから、リチェンジとゲームソフトを持ってきてもらったんだよ」
「まあ、確かにそうかも知れないな。だけど、不正はないっていうのは俺は自信を持って言えるぜ。俺の持っていたリチェンジとソフトでも、同じことをやってのけてたからな」
「なるほどな。彼氏はずいぶんと心配しているようだぞ」
「誰が彼氏だよ! ただの幼馴染みだ」
マッハにからかわれて、風斗は真っ赤になりながら怒っている。
「そうですよ。風斗はただの幼馴染みです。家が近いのでしょっちゅう遊ぶだけの仲です」
「……いや、悪かったな」
風斗の反応は面白かったが、満の反応があまりにも淡白すぎて、マッハは冷めてしまったようだ。
素直に謝罪して、高速道路をどんどんと西へと進んでいっている。
昼前に出たというのに、目的地に到着する頃にはすでに夕方の6時になろうとしていた。
「さて、到着しそうだが、予定通り会うのは明日になりそうだな。先方に連絡だけは入れておくか」
高速から一般道へと降り、路肩に車を停めてマッハは電話を入れていた。
どうやら、満天楼へと到着した旨を伝えているようだった。
「よし、明日の朝10時でアポを取ったからな。今日はホテルへと行くとしようか」
「はい」
三連休を使って満天楼本社へと出向くことになった満たち。
ここで待ち受けていることを何も知らないまま、今日のところは宿泊するホテルへと向かったのだった。