第238話 困った時のリスナー様
「おはようですわ、みなさま。光月ルナでございます」
『おはよるなー』
『おはよるな~』
その日の夜、満はいつも通り配信を始めていた。
『ルナち、ポスト見たで』
『もう一周年か、めでたいねぇ』
『俺のところにも相談が来たな。これは気合い入れて記念衣装を作らねば』
『また来とるな、パパさん』
どうやら配信告知と同時に呟いた内容を見てくれたリスナーたちがいたようだ。そして、世貴は当たり前のように今回も配信を見に来ていた。
「はい。早いものでして、今月末にはアバター配信者デビュー一周年となります。みなさまが支えて下さったおかげでございますよ」
『いやぁ、めでたいものだ』
『もう一周年・・・、早くね?』
『光陰矢のごとしかぁ・・・』
リスナーたちもしみじみとしているようである。
なにせ今回の一周年ということには、光月ルナ、満本人が一番驚いているのだから。
……忘れてたとは言わないであげよう。
「つきましては、一周年の記念として何をしたらよいかと、みなさまに相談をしたいところなのですわ」
『あー、分かる』
満の悩みはみんなにも分かるらしい。
『ルナちが憧れているっていうレニちゃんは、自画像を描いてたな』
『あー、そういえばそうだったな』
『レニちゃんの超絶技巧は今見てもまったくわけが分からん』
『レニちゃんだからねぇ・・・』
リスナーたちの話では、真家レニは自分のイラストを配信中に描き上げていたそうだ。……いつものよく分からない描き順で。
さすがレニちゃんだなと、満はつい笑ってしまう。
しかし、満にはまったく参考にならなかった。いや、記念となる何かを出すということは参考になったか。
とはいえ、満はそういった技術のひとつも持ち合わせていない。なので、イラストを描くなんていうのは無理な話だった。
「参りましたね。僕にはそんな技能はありませんですし……」
満は本気で悩み始めてしまった。
『ええんやで、ルナちはいつも通り話をしたり、シルバレ配信見せたりしてくれたら』
『ルナちのシルバレ配信は楽しみ!』
『ワイもやな』
コメントを見て満は困惑している。
「う~ん、僕にはどうにも決められませんね」
満は腕を組んで悩んでいる。
「分かりましたわ。ひとまずはSNSで呼び掛けました通り、みなさまから案を募ります。それを受けて僕が内容を決定して配信させて頂きますわね」
『それでええで』
『ルナちが特別なことをせんでもええねん、ワイらが祝うだけでもええんやで』
『せやせや』
なんとも優しいリスナーたちである。
『おうおう、俺のことを忘れてもらっちゃ困るぜ』
『おう、パパさんやん(笑)』
『テンション高いなー(棒)』
『ルナちのデザイン手掛けた奴と一緒に、一周年用の衣装をすぐ作ってやるからな。それを着てくれれば俺は満足だ!』
『さすパパ』
コメント欄で世貴が荒ぶっていた。
これには満も思わずくすくすと笑ってしまう。
「ふふっ、分かりましたわ。では、モデラー様から送られてくる衣装を楽しみにしておりますわね」
『ワイらも楽しみやで』
『ルナちの一周年記念衣装・・・、想像するだけでたまらん』
『自重』
リスナーの一部が少し暴走し始めている。
「では、アイディアはみなさまから募ることにしまして、まだ暑い夜でございますので、『SILVER BULLET SOLDIER』のプレイ実況と参りましょうか」
『待ってました!』
『ルナちといったらこれよな!』
満がSILVER BULLET SOLDIERのプレイ実況を始めるといった瞬間、リスナーたちは歓喜の声に包まれた。
やはり、吸血鬼が銀の弾丸を撃ちまくるというのは、絵面的においしいようである。
それにしても、満もすっかり腕を上げてしまったようで、楽にトップ100にめり込むようになってしまっていた。
「うん~、今日はちょっとミスが目立ちましたね」
『あれでミスしとるとか、怖いなぁ・・・』
「とはいえ、こればかりではみなさまは飽きませんでしょうかしら?」
『ワイは構わんけど、どうなん?』
『他のゲームのプレイ実況も見てみたい気持ちは無きにしも非ず』
『俺は配管工レーシングが見たいな』
『またべたべたな有名どころを・・・』
満が見たいゲーム実況を尋ねてみると、具体的な作品名がひとつ上がってきた。
(配管工レーシングかぁ……。確か、風斗が持っていたような?)
『ルナち?』
しばらく黙り込んでしまった満が気になったのか、リスナーからスパチャが飛んできた。
そのスパチャの音で満ははっと我に返る。
『大丈夫?』
「はい、大丈夫でございますわ」
満は苦笑いをしながらきっちりと答えている。
「配管工レーシングですね、考えておきますわ」
『無理せんでええで、ただの希望なんやし』
『せやせや、まずは無事に一周年を迎えておくれ』
「お気遣い、本当にありがとうですわ」
満はちらりと時計を見る。どうやら程よい時間になったようだ。
「では、キリのよいところとなりましたので、本日はこれにて終了させて頂きますわね。ごきげんよう」
『おつるなー』
『おつるな~』
『一周年wktk』
『俺の作る衣装も楽しみに待っててくれよー』
最後に世貴のコメントが見えて、満はつい笑いをこぼしてしまう。
みんなのおかげで、満は少し気が楽になったようである。
あと三週間、ここまで支えてくれたみんなのために、満は楽しい一周年にしようと決意を固めたのだった。