第236話 母親に気付かされる満
家に帰った満だったが、今日は配信日ではない。
いつもの本を買ってきたとはいっても、今日は金曜日である。満の配信は木曜、土曜、月曜の週三回である。
ひとまずは荷物を置き、まずは汗を流す。
お風呂から上がった満は、服を着替えていた。
「あら、満。今日はまた一段と可愛い格好をしているわね」
「やめてよ、お母さん。女の子の時は女の子らしくしてるだけで、改めて言われると恥ずかしくなっちゃうんだから……」
母親に指摘された満は、すごく恥ずかしがっている。
着替えた満の服装はノースリーブのワンピースだが、腹部の辺りがギャザーになっている。ずいぶんと胸を強調させるような服装になっているのだ。
白のニーハイソックスにピンクのリボンでツインテールにしているなど、すっかり女の子としてのおしゃれを楽しんでいるようである。
「そんな風に言われたくなければ、シンプルな格好をすればいいのにねぇ。思春期ならではの反抗ってやつかしらね」
「そ、そんなんじゃないから! 用がないなら僕は部屋に戻るよ」
「あら、買い物に付き合ってもらおうと思ったんだけど、いいのかしらね」
買い物と聞いて、満はぴたりと動きを止める。
「……何か、買ってくれるの?」
「いいわよ。満の好きなものを買ってあげるから」
母親がこんなことをいうものだから、階段を上りかけた満の足がぴたりと止まり、おとなしく戻ってくる。
「分かった、付き合うよ」
「お金は私に任せなさい。満は荷物持ちをよろしくね」
結局母親の口車に乗せられてしまい、一緒に近くのスーパーまで買い物に行くことになってしまったのだった。
スーパーに向かう車の中で、母親から声をかけられる。
「今月末でアバター配信者一周年だっけかね。よく続いてるわね、満」
「あっ、そういえばそうだっけか。忘れちゃってた」
「もう、なんでそんな大事なことを忘れるのよ。チャンネルとかに登録日とかあるでしょうに」
「あまり気にしてなかったよ」
母親の指摘に、満はあっけらかんと答えている。
「ダメよ、満。そういう記念日のことはちゃんと覚えておかないと。お母さんたちだって、自分たちの誕生日や結婚記念日だって覚えているのに。自分や自分の大切な人たちの記念日っていうのは、ちゃんと覚えておきなさい」
「……はあい」
母親から咎められて、満は落ち込んだように返事をしていた。
だが、満が忘れてしまっていてもおかしくはないというもの。そのくらいにアバター配信者を始めてからの一年というのはいろいろあったのだ。
(そうだよね。アバター配信者を始めて一年ということは、ルナさんと出会ってからも一年ということ。ちゃんと覚えておかなくちゃ。うん、反省だね……)
母親のおかげですっかりと思い出した満は、心から反省したのであった。
さて、母親との買い物では好きなものを買ってもいいと言われた満は、好物である唐揚げをいつもの倍要求していた。
ところが、母親はきょとんと首を傾げて満を見ていた。
「満、それだけでいいの?」
「えっ?」
唐揚げの量を倍にしただけでも満としては欲張ったつもりだったのだが、母親からすれば遠慮をしているようにしか見えなかったようだ。
母親の反応に、満はものすごく戸惑っているようである。
「こ、これでもわがまま言ったつもりなんだけど、えっえっ?」
明らかにどうしたらいいのか困っているようだった。
「まったく、満ってば無欲よね。もっと貪欲でもいいのよ?」
「う~ん、貪欲ねぇ……。だったら、チャンネル登録20万かなぁ」
「それ、意外と早く達成できないかしらね。10万の後半でしょ?」
「うっ、なんで知ってるんだよ……」
母親からの返しに、満は驚くばかりである。あれだけ興味なさそうだったのに、しっかり把握されていたのだから余計にというものだ。
あまりに意外だっただけに、満はその場で指先を付き合わせながらまごまごとしてしまっていた。
「ふふっ、母親を甘く見ちゃダメよ、満」
実に自慢げな母親だった。
こんな会話を交わしながらも、結局満がわがままとして要求したのは、いつもの倍量の唐揚げだけだった。
まったく無欲すぎる満なのである。
とはいえ、今日の母親との買い物の中でも、満はいろいろと考えさせられたものである。
最大のうっかりは、自分のアバター配信者一周年を忘れていたことだろう。
(一周年記念配信、どんな感じにしようかなぁ……)
買い物帰りに、満は車の助手席で一生懸命考え込んでいた。
忘れていたとはいえ、まだ三週間ほどの猶予がある。
(こういうのは風斗に相談した方がいいかな)
そんなわけで、満はすっぱりと考えるのをやめることにした。
満にしてみれば、困った時の風斗なのである。
「ねえ、お母さん」
「なにかしら、満」
「お母さんなら、一周年はどういうことをしたらいいと思うかな」
その前に、満は母親に聞いてみることにする。
「さあてね。アバター配信者のことはよく分からないから、私はこれといって思いつかないわね。でも、ファンがいるのなら、一年間の応援に感謝するだけでもいいんじゃないかしらね」
「そっかぁ……。そういうのもありかなぁ」
母親の回答に、満ははっと気づかされた。
「うん、ありがとう、お母さん」
「いいのよ。子どもの悩みを聞くのも、親の仕事だからね」
「……うん」
満は嬉しそうに笑っていた。
これには母親もほっこりしたらしく、二人は穏やかな気持ちで帰宅したのだった。