表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VAMPIRE STREAMING  作者: 未羊
235/321

第235話 一日といったらあれですよ

 始業式の日は終わるのが早い。

 あっという間に放課後になると、満が風斗に声をかける。


「風斗、書店に行こう?」


 書店へのお誘いだった。


「ああ、今日は一日だったな……」


 風斗が気の抜けた声で反応している。


「そうだよ。二学期の始業式は普通は一日だよ」


 満が冷静にツッコミを入れている。


「だよなぁ。ってことはあれを買いに行くのか」


「そうだよ」


 満から圧をかけられている。

 ただ、あまり近付いてしまうと、風斗の視界にはあれしか入ってこなくなる。


「胸が近い、離れてくれ」


「あっ……。どこ見てるんだよ、風斗」


 自分が女になっていることを思い出して、満はぱっと体を捻って胸を隠している。


「まったく、よく変わるからとはいっても、自分がどっちかくらいはきちんと覚えておいてくれよ……」


「無茶だよ。変に意識したら、自分がどっちか分からなくなっちゃうもん」


「そういうものなのか?」


「どういうものだよ」


 性別がころころ変わるなんていうことは、そう簡単に体験できることではない。なので、双方の言い分はまったくもって誰にも理解できないのである。

 これ以上言い争っても無駄だと悟った風斗は、仕方なく論争に終止符を打つことにした。


「それじゃ、書店に行くか。花宮は誘うのか?」


「う~ん、香織ちゃんも誘ってみるか。幼馴染みなんだし」


 言い争うよりも行動を起こすことにしたのだ。

 あと、緩衝材として香織を巻き込むことにしたのである。風斗なりの防衛策である。

 最近は女の状態の満を見るたびに、精神的に落ち着かなくなってきているのだ。

 しかし、長年の付き合いのある幼馴染みであるために、その関係性も壊したくない。風斗はものすごく頭を悩ませていた。


「風斗、どうしたの?」


「……なんでもねえよ。さっさと花宮を誘うぞ」


「うん」


 風斗は自分のよく分からない気持ちに苛立ちを覚えながらも、満との恒例行事へと向かうことにしたのだった。


 一度家に戻ってから、着替えずに自転車に乗って駅前へと向かう。

 ただし、満だけはつばの広い帽子をかぶってからやって来ていた。


「目立つよね、帽子」


「うん。でも、僕の場合は仕方ないよ。男の時だったらなくても大丈夫だけど、女の時は直射日光は危険だからね」


「まったく、最近の夏は暑いから、満は大変だよな」


 駅前に到着したところで、自転車から降りた三人は汗を拭っている。

 今日も三十五度を超える酷暑なので、滝のように汗が流れているのだ。

 とにかく外ではやってられないと、満たちはさっさと書店へと逃げ込む。


「はあぁ……、生き返るぅ……」


「満、年寄りくせえぞ」


「もう、村雲くんってば、そういう言い方はないんじゃないかな。満くんの体質からすれば仕方ないと思うよ」


「……だな」


 香織に咎められて、風斗は口をつぐんだ。


「それじゃさっさと購入して、いつものファーストフートの店に行くか」


「そ、そうだね。レッツラゴー……」


 まだダメージが回復しきらないのか、満はふらふらしながら歩き出す。


「もう、無理しないの」


「あっ、香織ちゃん、ごめん」


 香織に支えられて、満はつい謝ってしまう。


「幼馴染みなんだから、これくらい当然よ」


 香織はそう言いながら、風斗へと視線を向ける。自分に任せろと言わんばかりにウィンクをすると、満と一緒に本を探しに歩いていった。


「やれやれ……。まっ、今は女同士だからその方がいいか」


 頭をぼりぼりとかきながら、風斗は二人を追いかける。

 満と香織はお互いに思っている様子はあるのだが、まだまだ付き合うには至っていない。告白だってしていない。

 二人の様子にはもどかしいものだが、風斗はそれ以外にも何かもやもやした感情を抱えていた。

 それは、風斗がとても認めたくないものである。

 香織はちらちらと風斗の方を見ていて、その気持ちには気が付いているようである。

 ただ、当の満は双方の気持ちにまったくもって気が付いていない。鈍感にもほどがあるというものだ。


「さて、今月の新刊も見つけましたし、あとは予約を受け取るだけです。お会計しちゃいましょう」


 さっきまでヘロヘロだったのが嘘のように、満面の笑みを浮かべて漫画の新刊を抱え込む満。この姿には思わず風斗は吹き出しそうになり、香織も笑うばかりである。


「どうしたの、二人とも」


 満本人はこの反応である。きょとんとして様子のおかしい二人の姿を見つめている。


「いや、元気になったのならそれでいいんだ」


「うんうん。やっぱり元気な姿が一番だよ」


「……変な二人」


 やっぱり満は理解できないようだった。

 その後、レジにて毎月取り置きしてもらっている『月刊アバター配信者』を出してもらい、すべてを現金で支払っていた。


「さあ、これで明日の配信のネタができました。帰ったらゆっくり読みますよ」


「本当に、満はその本好きだよなぁ」


「うん。アバター配信者は昔から好きだったし、自分がそうなってからもやっぱり情報は集めたくなるんですよ。ネットですぐ調べられるとはいっても、限界がありますからね」


「本当にアバター配信者が好きなのね」


「大好きですよ」


 二人から向けられた声に、満は満面の笑みで答えている。

 曇りの一点も見当たらないまぶしい笑顔に、風斗も香織もただ笑うばかりだった。


 ちょっとこじれたとしても、満の平常運転で元通りになる。

 三人の不思議な関係はまだまだしっかり続いているのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ