第231話 アイドルとトーク
翌日、お祭りの会場ではイリスがステージに上がっていた。
昨日の夜に続いて、今日もトークショーからのミニライブである。
会場には満たちも昨日に引き続き来場しており、イリスのステージをじっと見ている。
「俺は本当は来たくなかったんだけどな」
「香織ちゃんが言うからしょうがないよね。僕も配信の参考になるかもしれないから、じっくり見させてもらうけど」
風斗と満は、香織の付き合いで来ているようだ。
ちなみに、今日の満は男の子である。昨日比べれば、かなり装備が手薄になっているようだが、日焼け止めだけはしっかりと塗っているらしい。
「アイドル、興味あるもん」
香織はちょっとふて腐れ気味に話をしているようだ。
風斗は香織がアバター配信者をしていることは知っているが、満はそれを知らない。なので、言い訳は実に適当である。
「それにしても、ミストがあるとはいってもこの暑さの中だ。その中であれだけ笑顔を保って話をしてられるなんて、さすがアイドルだなとしか言えないよな」
確かにその通りである。
司会進行も、他の出演者たちも汗はかいているものの、笑顔はまったく絶やしていない。エンターテイナーとしての意地のようなものを感じさせる光景である。これがプロというものなのだろう。
こればかりは、満たちは簡単に真似ができなさそうなことではなさそうである。
この状況の中でトーク30分、ミニライブ2曲10分というスケジュールが過ぎていった。
あっという間にイベントが終わってしまうと、観客が散り散りになっていく。
満たちも帰ろうとするのだが、そのタイミングで思わぬ人物に捕まってしまった。
「やあ、少年たち、昨日ぶりだね」
「小麦さん?!」
そう、会場に紛れていた小麦だ。
実は最初からいたのだが、実に静かだったために満たちは発見できなかったのだ。
「舞お姉ちゃんが話をしたいっていうから、まあ付き合ってちょうだいよ、にしししし」
「ま、舞お姉ちゃん?」
小麦の発した聞き慣れない名前に、満たちは首を傾げている。
「まぁ昨日会ってるからすぐ分かるっしょ。さっ、行こう行こう」
「ちょ、ちょっと小麦さん?!」
背中を押されて、満たちはステージの裏側へと連れていかれてしまった。
関係者以外が立ち入れない場所にやって来ると、そこにはステージを終えたばかりのイリスが立っていた。
「舞お姉ちゃん、連れてきたよ」
「……本当に男の子だわ」
小麦が声を掛けると、イリスはなぜかそんな感想が最初に飛び出してきた。
満の隣にいる男女には見覚えがあるからだ。なら、挟まっているのは昨日会った銀髪美少女だろうと推測してしまうのだ。
警備員やスタッフたちには自分のお客だからといって、イリスは満たちを中へと案内する。
やって来たのは昨日満が連れ込まれた控室だった。プレハブとはいえ、冷房完備。中は快適である。
イリス用の控室とだけあって椅子が足りないように思われたが、よく見るとソファーが置いてある。おそらく仮眠用に用意されたものだろう。パイプ椅子と合わせれば、十分全員が座れるだけのスペースがあった。
マネージャーである環が事前に買ってきていたプラスチックカップにジュースを注ぎ、全員に配る。
「いやぁ、ごめんなさいね。急な呼び出しで」
「いえ、別に構いませんよ」
「イリス、時間だけは注意してよ。午後3時までしか使えないんですからね」
「分かってますって」
どうやらイベント用の貸し出しなので、時間制限があるらしい。でも、4時間あれば十分だと思われる。
「いやあ、驚いたわね。そこの男の子が昨日の銀髪美少女と同一人物だなんて」
「ええっ、知ってるんですか?!」
「本当は男の子だって、自分で言ってたじゃないの。詳しい話は、そこの小麦ちゃんから聞いたんだけどね」
イリスが言えば、小麦は白い歯を見せて笑っている。
「それと、君がアバ信をやっていることも知ったわ。名前までは聞かせてもらえなかったけど」
「そこまで話したんですか?!」
「いやぁ、舞お姉ちゃんがかなり知りたがってたからね。私が知ってる範囲で教えてあげたのよ」
満が驚いているが、重要なことを見落としている。
「おい、満。驚くところはそこじゃねえぞ」
風斗がすぐ気が付いて、満に注意をしている。
「はっ! そうだった。僕がアバター配信者をしていることは、小麦さんに話したことないはず」
風斗に言われて、満は冷静になって気が付いた。
思わず小麦の顔を見る満。顔を向けられた小麦は、一瞬驚いたような表情をしながらも、すぐににこりと笑っていた。
「あはははっ、ごめんね。いや、私とルナ・フォルモントの間にも因縁があるからね。君のことはルナ・フォルモントからだいたい聞いているのよ」
「えっ」
小麦から衝撃の事実を聞かされて、満は驚き固まっている。
「ごめんね。ルナさんからも口止めされていたからね。ちなみに、その関係で私は君のアバターが誰なのかは知っているよ。舞お姉ちゃんには教えてあげなかったけど」
「教えてくれたっていいじゃないのよ」
「だーめ。アバ信の中の人情報はトップシークレットだよ、舞お姉ちゃん」
「ぶーぶー」
徹底的に教えてくれないので、イリスが頬を膨らませて抗議をしていた。これが二十歳の女性の姿である。
二人のやり取りを目の前にして、満たちは唖然としてしまっていた。もうなんて言っていいのか分からないのである。
「ほいほい、三人とも。せっかく現役アイドルを目の前にしてるんだ。聞けることがあったら聞いてみるといいよ」
「はっ、そうですね。こっちの情報ばかり筒抜けは不公平です。お話、伺わせて頂きます」
「はあ……、しょうがないわね。でも、プライベートに突っ込むのはなしでお願いするわよ」
「分かりました」
そんなこんなで、満たちはイリスと話をすることができた。
多少なりと今後のアバター配信者生活に活かせそうな情報を聞くことができたために、満たちはとても満足そうだった。
ただ、滞在時間ぎりぎりになってしまった。最後に連絡先の交換だけをして、その場は解散となったのであった。