第228話 アイドルはアイドル
「いいんですか、あのまま帰しちゃっても」
「まぁしょうがないよ。いつまでも拘束しておくわけにはいかないからね。警察にも怒られたし」
環の言葉に、イリスはしょうがないなと笑っていた。
「それよりも、小麦ちゃんが近くにいるんだよ。あとで捕まえて話を聞かなくちゃ」
「捕まえてって……。さっきそれで注意されたばかりでしょうに」
「うう……。今度は待ち伏せるだけだよ。この近くのコンビニだっていうし、家が分かってるんだから、通る場所は想像つくでしょ?」
「どっちにしたって不審者じゃないですか。かばいきれませんよ、さすがに」
ああ言えばこう言うの応酬である。
環から許しが出ないことに、イリスはぷくーっと頬を膨らませている。これで二十歳なのだから驚く。
「第一、アルバイトが何時までか分かっているんですか?」
「えー、高校生だから22時まででしょ? そこを狙えばいいじゃないの」
イリスの言い分に環は盛大なため息をついている。
「こっちが22時までに解放されるか分からないんですけれどね。それなら小麦ちゃんの家に連絡を入れておく方がいいでしょう」
「あっ、そっか。環さん頭いい!」
イリスはまったく思い浮かばなかったのか、両手の人差し指で環を指しながら褒めている。
その姿を見た環は頭を押さえてもう一度ため息をついている。
「とりあえず、18時半からステージです。準備をしましょう」
「はーい。ステージの間に、小麦ちゃんのパパに連絡を入れておいて下さいね」
「分かりましたよ。その代わり、失敗しないで下さいね。尻拭いはもう勘弁ですから」
「はいはーい。そこは大丈夫だからね。とはいえ、一回リハしておきますか」
時間はまだ17時の前。ギラギラとした太陽がまだ容赦なく地面を照り付けている時間である。
イリスは今日のセットリストを確認して、軽く振り付けと歌詞をチェックするつもりのようだ。
「しかし、アイドルにステージをさせた後で盆踊りって、市は何を考えてるんでしょうね……」
スケジュールを確認した環は、あまりのめちゃくちゃなタイムテーブルに呆れているようだ。
「はははっ、いいじゃないの。こういうごった煮感がお祭りって感じで」
「イリスがそういうのなら、そういうことにしておきましょうか」
イリスは気にしていないようだったが、環はどうも納得がいかないのか眉間にしわを寄せていた。
その直後、控室から出て行こうとする。
「どこへ行くの?」
イリスは気になったようで、声をかけて引き留める。
「ちょっとだけ軽くお腹に入れるものを買ってきます。夕方の食事は用意してくれなかったみたいですからね」
「あー、ステージの後に出すとか言ってなかったっけ」
「どうもそのステージ、夜の方を指していたみたいです。昼のステージ前からすると、どれだけ時間が空いていると思ってるんですか」
環はぶつぶつと文句を言いながら控室を出て行った。
「別に、ここにあるお菓子とドリンクだけでも足りるんだけどなぁ……。環ってば心配症なんだから」
イリスはパリッとせんべいを口に入れてお茶を飲んでいる。
ひと通り食べ終えると、立ち上がってセットリストのチェックを始めたのだった。
時間は18時半を迎える。
イリスのライブステージが始まるのだが、この時間ではまだまだ空は明るかった。
「は~い。イリスちゃんの再登場ですよ~」
「わああああっ!!」
司会の商会を受けて、イリスがステージに登場する。挨拶をすると観客席からは大きな歓声が起きていた。
さすがはこういった場に呼ばれるだけのことはあるというものだ。人気は十分にあるのである。
「まだまだ暑いから、倒れないように気を付けてね!」
「おおおおおっ!!」
イリスが呼び掛ければ、大きな返事が沸き起こる。まったく元気なファンたちである。
会場には満たちも約束通りやって来ていた。
「ひゅ~、さすがはアイドル。さっきまでとは雰囲気が違うな」
「すごいなぁ、歌って踊ってる、僕には無理かなぁ」
「うう、私にできるかなぁ……」
「香織ちゃん?」
香織の呟きが聞こえたのか、満が驚いている。
「香織ちゃん、アイドルでもする気なの?」
「いやいやいやいや、まさか……」
満が顔をじっと見て尋ねると、香織は恥ずかしそうに視線を逸らしていた。
「いや、満。アイドルでもってのは失礼だぞ。あそこにアイドルがいるんだからよ」
「あっ、うん。そ、そうだね……」
香織を問い詰めようとする満に対して、風斗が言葉を訂正させようとして指摘を入れる。
さすがにこれには満も正論だと思ったのか、戸惑いながらも口をつぐんでしまった。
満の様子を確認した風斗は、香織に対してウィンクをしている。どうやら、香織の事情を汲んで満にストップをかけたようである。
こういう気遣いができるためか、なんだかんだありながらも、この三人はどうにか付き合っていられるのである。
その後の三人はというと、何気にアイドルのライブというものは初めてだったためか、場の雰囲気に困惑はしながらも最後まで楽しんでいたようである。
今回のこの体験はVブロードキャスト社内でアイドル路線の話が出ていた香織にとっては、大きな影響を及ぼしそうである。
「もうちょっとお話聞いてみたいかな……」
「だったら、ライブが終わった後にでもまた行ってみるとしようぜ」
「僕もちょっと興味あるかな」
そんなわけで、三人はまたイリスと話をしてみようと画策するのであった。