第227話 実は縁があるようです
しばらく静まり返っていた控室の中。その沈黙を破ったのはイリスだった。
「そ、そうなのですね。ま、まあ、それならひと安心というものです」
イリスは恥ずかしさをごまかすように、腰に手を当てながら偉そうな態度を取っている。
「で、本題なんですけれど、アイドルやってみる気ありません?」
「はい?」
あまりに唐突なことすぎて、満は目を点にしていた。
なぜにいきなりアイドルとかいう話になるのだろうか。
驚いていると、イリスの後ろから環がひょっこりと出てきて説明を始める。
「イリスが唐突に申し訳ありません。実は、ここだけの話なのですが、うちの事務所の経営がいまいちのようでしてね」
環が言うには、事務所が傾きかけているらしい。それで、新しいアイドルを探しているのだという。
そこで、ルナ・フォルモントに似ていることに加えて美少女だったということで、満に声をかけたというわけだ。
「私は退治屋の仕事もしているので、アイドルに専念していられないという事情もあるんですよ」
「退治屋?」
「吸血鬼のような存在を退治して回る人たちのことです。存在することでこの世界のバランスを崩すとも言われていますし」
「普通の人は知らないだろうけれど、私たちのような存在がいるから、この世界の平穏は保たれているのです」
イリスは胸を張っている。
「それで、先輩というのは、この街に住んでいるグラッサ・シーディスっていう人なのよ」
「えっ……」
出てきた名前に驚きを隠せない満である。
なぜなら、満はルナからの情報で知っているからだ。
「あら、ご存じなのね。一般の世界にも名が知られているとは、さすがはグラッサ先輩です」
環は腕を組みながらうんうんと頷いている。
「グラッサって誰だ?」
風斗が満に問いかけている。
「ほら、いつぞや駅前で会った外人の女性だよ。金髪の人」
「ああ、なんとなく覚えがあるな」
風斗もどうやら思い出したようだ。
「そして、ルナさんをインターネットの世界に封印した本人でもあるんです」
「インターネット世界に実存在を封印できるものなのか?!」
風斗の驚きは当然である。だが、実際に封印してしまっているのだから信じるしかない」
「退治屋の相手する異形というのは、実と虚の世界を行き来する者ですから、インターネットの世界に封印は可能なんですよ。どうやったのかは私にも分かりませんが」
どうやら退治屋にも分からない方法らしいが、可能ではあるらしい。
「でも、今はその話じゃないですね」
環が咳払いをして話を元に戻す。
「アイドルが欲しいのは事実なのです。どうでしょう、その容姿を活かして芸能活動をしてみるつもりはありませんか?」
「それは……遠慮しておきます」
少し間があったものの、満は即断りの返事を出していた。
「そんなぁ~……。せっかく逸材だと思いましたのに」
「そりゃ当然だよ。俺たちはまだ中学生だし、保護者の許可だって必要だからな」
「うう、残念」
イリスは残念だとがっくりと肩を落としていた。
「なんだろう。この人さっき会った小麦っていう人と雰囲気似てない?」
香織がボソッと満たちに話し掛ける。それがイリスの耳にも届いたらしく、ガバッと顔を上げていた。
「小麦ちゃん、小麦ちゃんも来てるのね?!」
どういうわけか目の前にいた満の肩をつかんで勢いよく前後に揺らし始めるイリス。
「や、やめて下さい。そんなに激しく揺らさないで……」
満は本気で嫌がっている。
「ああ、ごめんなさい。妹みたいに可愛がっていた小麦の名前が出たからつい……」
「そ、そうなんですね。でも、小麦さんなら会場にはいませんよ。今日はアルバイトがあるみたいですから」
「そうなんだ。今年受験生なのに頑張ってますね」
「えっ、あれで高校三年生なのか……」
イリスから出た言葉に、風斗がびっくりしていた。
「はははっ、見えないでしょうね。ギャルしてますからね、彼女は。これでも私の二つ下ですよ」
「って、イリスさんってまだ二十歳?!」
出身アイドルだからもっと年齢がいっていると思ったら、まだ二十歳という若さだった。
「世貴にぃや羽美ねぇと同い年かよ」
「この市の出身だから、もっと年上だと思ってました」
「いやぁ、言われますね。スタッフにもことごとく言われましたよ。あはははは」
イリスは照れ笑いをしている。
「まあ、事務所があれなので、仕事は選り好みできないというものがありましてね……」
環だけは実に対照的な表情で話をしている。よっぽど深刻なのだろう。
「しょうがない、君のことは諦めましょう。その代わり、よかったら楽曲買って下さいね」
「ははっ、ちゃっかりしてやがるなぁ……」
最後に営業スマイルで宣伝すると、ようやく満たちはイリスたちから解放されたのである。
ただ、外に出たところで通報を受けた警察官に待ち伏せされていたのは言うまでもない。
しっかりと事情を説明してどうにか不問にできたのだが、紛らわしいことは二度としないようにと口頭で厳重注意を受けたイリスと環であった。
その様子を少し離れて見守っていた満たちは、夜のステージを見に行く約束をしてイリスたちと別れたのだった。