第226話 ルナとの関係
満が連れ込まれたのはステージ裏の控室だった。
ばたんと扉を閉めて、アイドルの女性は青ざめた表情で息を切らしている。
「イリスちゃん、何をしているのよ。急に走っていったかと思えば、女の子をさらってくるなんて」
コップに飲み物を入れた状態で、マネージャーと思われる女性が近付いてくる。
イリスと呼ばれた女性はコップを受け取ると、中身を一気に飲み干していた。
その直後、どんどんと扉を叩く音が聞こえてくる。
「おい、大丈夫か?」
「満くん!」
外から聞こえてくるのは風斗と香織の声だ。どうやら見失わずにここまで追いかけてこれたらしい。
「満? 君の名前はルナじゃないのかしら」
「えっ?!」
水分を取って落ち着いたイリスが、満に疑問をぶつけてきた。ルナの名前を知っているとは、一体何者だろうか。
「ルナ・フォルモント。それがあなたの名前じゃなくて?」
「……その名前を知っているっていうことは、ルナさんをインターネットの世界に閉じ込めた方の仲間ですか」
満は手を振りほどいて、距離を取りながら睨み付けている。
「あれ、本当に別人なの? おっかしいなぁ……」
イリスは腕を組んで戸惑いの表情を浮かべている。
「ルナ・フォルモントは、一時期猛威を振るっていた吸血鬼ですよね? この子が本当にそうなのですか?」
マネージャーと思われる女性がイリスに尋ねている。
イリスはこくりと頷いているようだ。
「そういえば、ルナ・フォルモントは幼児体型だって聞いていたけど、少し胸があるわね……」
「ど、どこを見てるんですか?!」
満はバッと胸を隠している。あまりにもじっと凝視をされたから、つい反射的に隠してしまったようだ。
満の反応を気にした様子もなく、イリスは腕を組んで悩み始めていた。
「ごめんなさい。人違いだったみたいですね」
悩んだ挙句、イリスは頭を深く下げて謝っていた。それと同時にマネージャーに対して、外の友人たちを中に招き入れるように伝える。
扉が開くと、風斗は怒ったような様子で、香織は心配そうに両手を握った状態で入ってきた。
目の前で親友が連れ去られたのだ。当然そのような反応を示すというものである。
「申し訳ありませんでした。知っている人物に似ていたので、つい連れてきてしまいました」
イリスは友人二人にも深々と頭を下げている。
「まったく、芸能人だからっていってもやっていいことと悪いことがあるってもんだぞ」
「あれだけ目撃者がいるんですもの。騒ぎになっちゃうわよ」
「ええ、今思えばうかつでした。でも、ルナ・フォルモントという人物にあまりにも似ていたので……」
「えっ?」
「えっ?!」
イリスの言葉に、風斗も香織も驚いてしまっている。
「えっ、その反応は二人ともご存じと見ていいのでしょうか」
予想外の状況に、イリスはまばたきが止まらない。
「あ、ああ。ルナ・フォルモントなら、そいつがそうだよ」
風斗が答えれば、香織もこくこくと頷いている。
ただ、二人は違った理由で知っている。
風斗は吸血鬼のルナ・フォルモント本人を、香織は満の女性の時の名前として知っているのだ。
「えっ、君がルナ・フォルモントなの?」
「はい、そうです。ちょっとわけがありましてね……」
満はとても言いづらそうにしている。
イリスはマネージャーに控室の扉の鍵をかけてもらい、みんなに椅子に座るように呼び掛ける。
座れば少しは落ち着くだろうと考えたのだ。
「まずは自己紹介をさせてもらいますね。私は芸名はイリス。本名は虹村舞っていいます」
「マネージャーの七橋環と申します」
「僕は空月満」
「俺は村雲風斗だ」
「私は花宮香織といいます」
ひと通り自己紹介をする。
「本当に申し訳ありませんでした。先輩が封印したという吸血鬼が復活したと思って、つい連れ込んでしまいました」
「ああ、そうだったんですね。それでしたら、間違ってはいませんよ」
「へ?」
満が素直に話し始めると、イリスはびっくりして謝罪で下げた頭を勢いよく上げる。
「僕は本当は男の子でして、どういうわけかルナさんとひとつの体を共有することになってしまったんです。ルナさんが吸血衝動を起こすと、僕の体は女性に変わってしまうんです」
「え、ええ?!」
満の説明を聞いて、イリスは混乱しているようである。
「なるほど……。つまり、あなたとルナ・フォルモントが何らかの原因で共鳴して融合してしまったと、そういうわけですか」
「多分、そうだと思います」
満は環の分析にこくりと頷いている。
「ルナさんが言うには、僕が僕が活躍すればするほど力を取り戻して完全復活できると仰ってました。でも、僕が知る限りは悪い方には思えないのですけれど?」
「ええ……?」
満がルナを擁護するようなことを話せば、イリスは困惑した表情を浮かべている。
どうやら自分が知るルナ・フォルモント像とかけ離れているようなのだ。
「封印されて長いですから、反省したのかもしれませんね」
「そう……なのかしらね」
「本人が仰るにはそうらしいですよ」
控室の中がしんと静まり返る。
この気まずそうな雰囲気の中で、誰も言葉を発することができない。
ただ、控室に掛けられたアナログの時計の針の音だけが響き渡っていた。