第224話 夏休みも終わりに近づいて
神社の縁日に出かけてからというもの、特になにごともなく時間が過ぎていく。
夏休みの最後の土曜日を迎えた日のこと、満は風斗や香織と一緒に街の夏祭りに出かけることになった。
「って、また女になってるのか」
「悪い? 僕だって気を付けてはいるんだけど、思うようにいかないんだよ」
風斗は愚痴をぶちまけていた。
ただ、今日の満の服装は浴衣ではなかった。淡いオレンジのキャミソールワンピースに白いカーディガン、つばの大きな白い帽子をかぶり、目には色の薄いサングラスをかけている。
ついでにサイハイソックスにミュールと、肌を極力出さいない姿になっていた。
「ずいぶんと重装備よね、満くん」
「うん、半分吸血鬼だからね、今の僕は。だから、日光に直接当たらないようにしなきゃいけないんだ」
「面倒な体質だよな。見てるこっちが暑くなってくるぜ」
重装備なために、風斗にはどうも不評のようである。
しかし、これくらいの服装をしないことには、太陽光でめまいが起こることがあるのだという。
「そんなだったら断ってもよかったでしょうに」
「風斗と香織ちゃんと出かけるだもん。断ったらなんか悪い気がしてね。前から行く予定にしていたからね」
「そういやそうだったな。まっ、調子が悪くなりそうだったら、早く言ってくれよ」
「うん、そうさせてもらうよ」
こういうところは満の律儀なところである。
街にやって来た三人は、乗ってきた自転車を駐輪場に停める。
さすがに駅前の広場はお祭りとあって交通規制も行われ、黒山の人だかりである。
「うへぇ、予想はしてたが多いな」
「芸能人を呼んでるんでしょ? 多くなるのも頷けるわよ」
「満、はぐれんじゃねえぞ」
「う、うん」
そう言って風斗は満の手を取ろうとするが、思わず躊躇してしまう。
よく思えば今日の満は少女なのである。そのせいで、握ろうとした手が止まってしまったのだ。
「しょうがないわね」
風斗の行動を見ていた香織が、代わりに満の手を握る。
「か、香織ちゃん?」
「ほら、今は女の子同士なんだから恥ずかしくないでしょ?」
「え、ええ?!」
にっこりと微笑む香織に、満はつい叫んでしまう。
「おやおや、青春してるねぇ」
そこに聞いたことのある声が聞こえてきた。
くるりと振り向けば、そこには小麦が立っていたのだ。
「青春してるかい? 少年少女」
「いや、小麦さんだって少女でしょう……」
「あははははっ、ナイスツッコミ☆」
満が思わず指摘すると、小麦は屈託のない笑顔で笑っていた。
「どうしてここにいるんですか、小麦さん」
風斗が質問すると、小麦はきょとんとした顔をしている。
「なにって、私はこれからバイトだよ。夕方の5時から夜の10時までね」
「ああ、そうなんですね」
「誰、この人」
小麦とやり取りをしている中で、香織が満にこそこそと質問をしている。
「よくぞ聞いてくれたね、そこな少女」
聞こえないようにこっそりだったはずなのに、がっつり反応されてしまっていた。なんて地獄耳なのだろうか。
「私は芝山小麦。今年受験生の高校三年生さ。近くのコンビニでバイトしているのだよ」
「いいんですかね、そんなに自分のことをぺらぺら話しちゃって」
「あははははっ、気にしない気にしない。周りは誰も聞いちゃいないさ」
白い歯を見せながら笑う小麦に、満たちは苦笑いである。
「おっと、今日はお祭りで少し早めに来てくれって言われてるんだった。それじゃ、お祭りを楽しんでいってくれたまえ、にしししし」
スマートフォンを取り出して時間を確認した小麦は、慌てたように早歩きで去っていった。
まったくもってなんだったのだろうかと、満たちは呆然とその姿を見送っていた。
「俺たちもそろそろ行こうか」
「あ、うん。そうだね」
満と風斗が移動を始めようとするが、香織はどういうわけか首を傾げながら、小麦が去っていった方向を眺め続けている。
「どうしたの、香織ちゃん」
「なんだろうなぁ……。なんか知ってる感じがするわね」
「香織ちゃん?!」
「あっ、ごめんなさい」
満に大声で呼ばれて、ようやく香織は我に返っていた。
「どうしたんだよ、花宮」
「いや、初めて会ったと思うだけど、何か知っている感じがしたのよ。なんでだろう……」
風斗が声を掛けると、香織は腕を組んで唸り始めていた。
「気のせいじゃないかな」
「いやー……。あんな感じはどこかで……」
一度悩み始めると、とことん悩んでしまう香織である。
「そんなに唸っていると置いていくぞ。人が多いんだから、一度はぐれたら大変だぞ」
「ああ、それは困るわ。せっかく満くんと一緒なんだから」
さっさと移動しようとする風斗の態度に慌てたのか、香織はすぐさま満の隣のポジションを確保するためには急いでいた。
満の左隣に陣取った香織は、そのまま手を握ってご満悦そうに笑っている。
「ど、どうしたの、香織ちゃん」
「なんでもないわよ。それよりも満くん。気分が悪くなりそうだったら早めに言ってね」
「そうだぞ、満。前みたいなことになるからな」
「あうう……。は、恥ずかしいから二度となりたくないよ」
満は熱中症になりかけて、書店でしばらくお世話になったことを思い出してしまい、顔を真っ赤にしていた。
「何があったのよ」
「ああ、それはな……」
「わー、言わないで、言わないで!」
風斗が香織に話そうとすると、満は大声で邪魔をしている。
ドタバタした感じで始まった街の夏祭り。満たちは心から楽しめるのだろうか。
太陽が高い位置から満たちを見下ろしている。