第223話 ありえない青春、悩める青春
週末の日曜日、満は風斗や香織と待ち合わせをしていた。
集合場所は香織の家であるのだが、満はその前に風斗と家で合流する。
「満……?」
家までやって来た風斗は思わずびっくりしていた。
「やあ、風斗。どう、似合ってるかな?」
満は自分の服装の判定を風斗に求めている。
風斗は顔を少し背けながら、恥ずかしそうにポツリと答える。
「ま、まあ。似合ってるんじゃないのか?」
「そ、そっかぁ、やっぱりそうなるかな」
満はなぜか困ったような顔で反応している。
それというのも、なぜか今日も女性になっているからだ。しかも服装はあれだけ嫌がっていた浴衣だ。
「それじゃ、会場近くまで私が送っていくわね」
「おばさん」
満と一緒に出てきた母親に、風斗は何かを訴えようとする。
ところが、母親はにっこりと笑うと、そのまま通り過ぎて車に乗ってしまった。
これには風斗もどう反応していいのか分からない。
結局、満と少し気まずいまま、満の母親の運転する車に同乗したのだった。
香織とも合流して、香織の家の近くの神社の縁日にやって来た。
お祭りとあれば人は理由に関係なく集まってくるもので、神社の中では人があふれ返っている。
「こうやって三人で縁日にやって来るのって何年ぶりかしらね」
「さあな。小学校以来だから6年くらいかな」
香織の問い掛けに、そっけなく答える風斗である。
「違うよ。最後に来たのは小学四年生の時だよ。だから、4年ぶりだよ」
すぐさま訂正の指摘をする満である。一応高学年に入っても交流のあった時期はあったようだ。
「そっか、悪い。そんなころまで交流があったっけかな」
満に指摘されたはいいが、風斗は記憶が曖昧のようである。
風斗と香織の家の距離は、同じ小学校に通う範囲の端っこと端っこだ。家が遠いせいか、そのあたりの意識も遠かったのかもしれない。
だからといっても、幼馴染みのことをちゃんと覚えていない風斗には、満はつい怒ってしまったのだ。
「別にいいよ、村雲くん。疎遠になり始めたのがその頃だったし、曖昧でもしょうがないと思うわ」
香織も香織で笑っていた。
「それはそうと、満くん。浴衣、似合ってるよ」
「そ、そっかな……。僕としては本当は着たくなかったんだけど、お母さんには逆らえなくてね」
満はちらりと後ろについて来ている母親に目を向ける。
「何を言ってるのよ。縁日といったらやっぱり浴衣でしょ」
「だったら、お母さんも浴衣を着てよ……」
「私はいいのよ。それとも満、浴衣の着付けができるのかい?」
「むーりー……」
母親に聞き返されて、満は首を横に振っている。
ワンタッチ型の浴衣も出てきてはいるものの、女性ものの浴衣自体に慣れていない満には到底無理なのである。
「う~ん、これだったら私も浴衣を着てくればよかったかな」
香織は襟元がフリルになっているノースリーブのワンピースを着ていた。
「別に、浴衣を着るのは義務じゃないんだからいいんじゃないかな」
満は香織を擁護する。
「でも、今回の縁日に誘ったのは私だったし、誘った責任で着るべきだったと思うのよ」
妙な責任感である。
「まっ、無理に着る必要はないじゃねえかな。雰囲気が楽しめればそれでいいんだし」
風斗は香織を擁護している。
「もう。それじゃ僕だけが浴衣で逆に浮いちゃうじゃないか。風斗ってこういうところで気が利かないよね」
「おい、何を怒ってるんだよ、満……」
頬を膨らませて怒りだした満に、風斗は困惑の表情を浮かべている。
変なところで頑固になるから困ったものである。
「まあまあ、お祭りなんだから、ケンカはダメよ。ほら、参拝を済ませて何か買って食べましょう」
満の母親が仲裁に入り、険悪な雰囲気はすぐに落ち着きを取り戻していた。さすがは年の功といったところだろうか。
とはいっても、神社に来たのだから最初にやることは決まっている。
鳥居をくぐる前には頭を下げ、手水舎では手と口をすすぎ、二礼二拍手一礼という作法に則ってお参りを済ませる。
(ルナさんが力を取り戻して、僕が普通の男の子に戻れますように)
満はそんなお願い事をしていた。
女の子を楽しんでいるようには見えるものの、やっぱり元に戻りたいのである。
「ふふっ、真剣だったわね、満」
「ちょっと、お母さん。僕の方を見てたの?」
母親の言葉につい驚いてしまう満である。
「ずいぶんと長かったからな。そりゃ見る余裕はあるぜ」
「風斗も?!」
「ごめん、私も見てた」
「もう、香織ちゃんまで!」
全員から真剣にお願いしている様子を見られていたと知って、満は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。
「まあ、そう恥ずかしがるなよ。真剣になれることがあるっていうのはいいことだと思うぜ」
「ええ、そうよ。願ったからには、真剣に向き合わなきゃね」
「う、うん。難しいとは思うけれど、頑張ってみるよ」
風斗と母親に言われて、満は尻込みしながらも気合いを入れていた。
「ファイト、だよ」
「うん、香織ちゃん」
両手の拳を握って応援してくる香織には、満はさらに気合いを入れた表情で答えていた。
二人の姿に満の母親はにこにこと笑顔をこぼし、風斗はどこか釈然としない表情を浮かべていた。
その後の四人は、縁日の屋台で買い食いをしたり遊んだりとずいぶんと楽しんだようである。
その帰り道、満はいろいろと疲れたのか後部座席ですっかり眠っていた。
香織を降ろした後のことである。
「風斗くんは、香織ちゃんにやきもちかしら?」
「何を言ってるんですか、おばさん」
助手席に座らせた風斗に、単刀直入に母親は尋ねる。
「今日の風斗くんの満を見る目、そんな風に感じたんだけど違わないかな?」
「何を言ってるんですか、男同士ですよ?」
「まっ、満が特殊な状態にあるから、複雑になっちゃったんでしょうね」
満の母親は笑っていたかと思うと急に真剣な表情になる。
「青春っていうのは、いろいろあっていいものよ。悩めるだけ悩みなさい」
母親がそういうと、風斗は完全に黙り込んでしまったのだった。
満、風斗、香織の幼馴染みの関係は、この上なくややこしそうである。