第222話 夏祭りって
花火の配信をしたせいか、満は地元の夏祭りのことを思い出した。
「お母さん、ちょっといい?」
「何かしら、満」
翌日、母親に質問を投げかける。
「地元の夏祭りっていつだったっけ」
「夏祭り? それだったら八月の最終の土日がそうよ。大型イベントの協賛でやってるわよ」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、来週末か」
母親から返ってきた日時を聞いて、満は少し考え込んだようだった。
「ああ、満。そのことでプレゼントがあるわ。ちょっと来てくれてもいいかしら」
「えっ……」
母親の言うプレゼントに、満は嫌な予感しかしなかった。
そして、その予感は見事に的中する。
「じゃーん!」
楽しそうな声で母親が見せてきたのは、女性用の浴衣だった。
やっぱりかと、満は思い切り顔を押さえていた。
「満はほぼ二日に一日は女の子だから、どっちかは確実に女の子でしょうからね。風斗くんや香織ちゃんも誘って、お祭りに行ってくるといいわよ」
「……お母さん、女の子用の浴衣を見せつけながら楽しそうに言わないでくれないかなぁ」
満にだって男としてのプライドというものがある。そんなほいほいと女の子の服を着せられてたまるものかという意地があるのだ。
「まったく、そんなに強がっちゃって」
「女の子になっちゃったら、普通に平然と女の子の服着ちゃってるじゃないの。今さら意地にならないの。浴衣だったら私が着付けてあげるからね?」
意地になる満に、母親は完全に呆れているようだった。普段の行動から察するに、もはや満の意地なんていうのは存在していないも同然なのだから。
「もう、お母さんってば!」
さすがに満も怒っていた。
「そこまで怒らなくってもいいじゃないのよ。たとえ女の子であっても、満は私とあの人の息子なのは変わりがないんだからね?」
「むぅ~~……」
肩ひじを張り、頬を膨らませながら母親を睨む満だが、どういうわけか怖がるどころか和んでしまう母親なのである。
結局母親には何を言っても無駄だと悟った満は、ひとまず部屋へと戻っていったのだった。
「とりあえず、風斗に声をかけてみるかな」
満はスマートフォンを取り出すと、早速風斗と連絡を取り合うことにした。
『おう、満か?』
意外とあっさりすぐに風斗は電話に出てきた。
「あのね、風斗。来週末だけど空いてるかな?」
『来週末か? えっと、27と28か。空いてるけど、どうかしたのか?』
日にちを確認した風斗は、満に用件を聞いてくる。
「うん、地元のお祭りがあるからさ、一緒に出掛けないかなって思っただけだよ」
『ああ、あのめっちゃ混むイベントか。有名人も呼ぶらしいからな。俺はどっちかいうと、そういうのよりは神社やお寺の縁日の方がいいんだがな』
結構意外な言葉が聞こえてきた。どうやら風斗は、お祭りが好きだが、あまり騒がしいのは好きではないらしい。
「そっかぁ。それじゃ、そっちのお祭りがないか調べてみるかな。どうせ宿題も終わっちゃって暇だし、お祭りとかに行ってみたいんだよね」
『ふ~ん。てか、どうしたんだよ。急にそんなことを言い出すなんてさ』
風斗は満の質問に至った動機を聞き出そうとしている。
「いやね。昨夜の配信で花火をやってみたからさ、そういえば地元のお祭りって何があったかなって思ってね」
『そういうことか。だったら俺も調べておくよ。俺も宿題は終わっちまってるからな』
「うん、分かった。それじゃ、先に何か見つけた方から連絡を入れるってことでいいかな」
『それでいいだろう。それと、花宮は誘うのか?』
「へ?」
急な風斗の言葉に、素っ頓狂な声が出てしまう。
『いや、なんだよ、その声は……』
「あ、ごめん。男同士だけで行くと思ってたから」
『あのなぁ……。お前の性別が安定していない以上、男同士とは限らないだろ』
「うぐっ!」
満は痛いところを突かれていた。
『それに、花宮は幼馴染みだ。一人だけはぶるってのも可哀想だろうがよ』
「そ、そうだね。香織ちゃんにも声をかけてみるよ」
満がこう答えると、電話口からはため息が聞こえてきた。
「風斗?」
『すっかり昔の呼び方に戻ったな。俺なんかはなんとなく恥ずかしいのによ』
顔は見えないものの、風斗が照れくさそうにしている様子がなんとなく浮かんでくる。
「風斗にもそういうのあるんだね」
『あるんだよな、これが』
満と風斗はしばらく笑い合っている。
「それじゃ、地元のお祭りもう少し調べてみるよ」
『おう、俺の方でも分かったら連絡入れるぜ』
通話を切った満は、ちょっと安心したのかため息をついている。
「満ーっ! 電話よ」
「えっ?!」
風斗との電話が終わったのも束の間、今度は家の固定電話に誰かから電話がかかってきたらしい。
慌てて一階の居間にある電話へと満は向かう。
「はい、お電話代わりました」
母親から受話器を受け取って保留を解除した満は、第一声を発する。
『あっ、満くん?』
「香織ちゃん?!」
誰から電話がかかってきたのかと思ったら、なんとその相手はさっき少しだけ話題に出た香織だった。
あまりにもタイミングが良すぎて、満は驚きを隠せずにいた。
「ど、どうしたの。急に電話をかけてきて」
『うん、ちょっと満くんと話がしたくてね。今、大丈夫かな?』
「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」
唐突にかかってきた香織からの電話。一体どんな用件なのだろうかと、満はつい身構えてしまった。