第218話 家族集まりゃ騒がしい
八月十三日の夕方、祖父の家が一気ににぎやかになる。
「いやあ、お父さん、久しぶりですね」
「ふん、影郎も久しぶりだな。元気そうでよかったわい」
どうやら、満の父親の兄弟が到着したようだ。
男性の後ろからは、女性も姿を見せている。
「バリバリ元気ですよ。久志も戻って来ていますかね」
「待っておれ。すぐに呼ぶわい。おーい、久志。影郎と日向が到着したぞ」
祖父が呼び掛けると、父親が姿を見せる。満と母親も一緒だ。
満のいとこたちも姿を見せて、玄関先では挨拶の応酬が行われている。
「さて、玄関にいつまでもいるわけにはいかんな。荷物を入れて家の中に入りなさい。風呂の準備もできているから、順番に入るといいぞ」
「ははっ、すみませんね、お父さん。ほら、さっさと荷物を運びこむぞ」
「へーい」
おじの影郎の声に、いとこたちがやる気なさげに返事をしていた。
相変わらずだなという感じで、満はその姿を見つめていた。
その日の食卓は大賑わいだ。
祖父母に長男家族、長女家族、それと満たちの家族が勢ぞろいしているのだから。
仕事が忙しい昨今、こうやって家族が揃うというのもなかなかない話である。
「影郎、日向、久志。お前さんたち、向こうの家族とは会う予定はないのか?」
「私はありますね。ただ、妻の両親の都合がなかなかつかなくて、こっちを優先させたんですよ」
「そうか。日向はどうなんだ?」
影郎の話にしょうがないなと感じた祖父は、日向に話を振る。
「私のところは、今が忙しい時期だから仕方ないですね。ねえ、あなた」
「ああ、私のところはお寺ですからね。敷地内に墓地があるので、墓参りの対応で忙しいそうですよ。兄貴がこっちに行けってうるさいですから、私は妻を優先することにしました」
「へえ、おじさんの家ってお寺だったんですね」
「ああ、京都の近くのお寺なんだけどね。親父の住職の兄弟が大工をしていて、そこから人を借りて対応してるんだよな。でも、目の見えない息子がいるって言ってたけど、大丈夫なのかね」
「目が……見えない?」
満はちょっと引っかかっている。
なぜなら、連絡先を交わした相手に、実家が大工で目のほとんど見えない男性がいたからだ。
いやまさか……。そう思う満である。
世の中そんなに狭くないはずだ。
「どうしたんだ、満」
「あ、うん、お父さん。なんでもないよ、なんでもね」
満の様子に気が付いた父親が声をかけると、満は実に怪しい雰囲気でごまかしていた。これには父親は首を捻るばかりである。
「そういえば、孫たちは学校とかどうなのかしらねぇ」
今度は祖母が話題を振ってくる。
三人兄弟の子どもたちは全部で今は四人だ。満とは年がそう変わらず、一番上はおばの日向の上の子どもで、現在は高校一年生らしい。
「高校受験も終わって、私は楽しんでますよ。友だちも増えましたけど、今の話題の中心はアバ信ですかね」
「アバ、信? 何かの、それは」
孫娘の言葉に、祖父が首を傾げている。
「アバター配信者の略ですよ。自分の姿ではなく漫画やアニメのようなキャラクターを使って配信を行う人たちのことですね」
「ほう、世間ではそういうのがはやっておるのか」
「知らない話ですねえ、おじいさん」
どうやら祖父母はアバター配信者について知らないらしい。
「それで、そのアバター配信者とやらは、誰が人気なのかの? 畑仕事以外は暇じゃから、見てみるとするかの、ばあさんや」
「そうでそうね、おじいさん」
祖父母が興味を示したことで、満は思わずどきりとしてしまっている。
「どうしたんだ、満は」
「な、なんでもないよ、かけるくん」
声をかけてきたいとこに、満は引きつった表情で答えている。さすがにこんな表情を見せられては気になってしまうというものだ。
しばらく黙っていとこの話を聞いている満だが、知っている名前が出てくるわ出てくるわで、さらに吹き出しそうになってしまっている。
こうなってくると、隣に座るいとこのかけるはますます怪しんでくるというものだ。
「私の一番の推しは、光月ルナね」
「ぶっふぉっ!」
いとこが話す内容を聞いた満が、つい口に含んだ水を吹き出してしまう。
「きったねぇな、満。なに吹き出してるんだよ」
「げほっげほっ、ごめんなさい。今すぐふき取るから」
満は謝りながら布巾を持ってきて汚したところをふき取っている。
「なによ、そんなにむせかえるなんて失礼じゃないかしら」
いとこにも文句を言われる始末である。
「ご、ごめんってば」
だが、満にはひたすら謝ることしかできなかった。
今出た名前が、まさか自分のアバターの名前だなんて言えるわけがないのだから。
「その光月ルナってやつのどこがいいんだよ」
かけるは興味がないのか、だるそうにいとこに問いかけている。
「そうね。どことなくミステリアスな雰囲気の吸血鬼のお嬢様って感じなのに、自分のことを『僕』っていうギャップかな。シルバレの腕前はびっくりしたけど」
かけるが聞いたのが悪かった。
そこからはいとこによる光月ルナの語りが始まってしまった。
まさか自分のいとこにガチ勢がいるとは、満は驚くしかなかった。
楽しいはずの夕食が、最終的にはいとこの独壇場と化してしまっていた。
それが終わった頃には、満はどっぷりと疲れていた。
「もう、今日は休むね」
「なによ~。まだ語り足りないのに!」
文句を言ういとこをしり目に、満はぐったりした様子で部屋へと向かったのだった。




