第215話 親の実家です
結局、解決策が見つからないまま、翌日には両親と一緒に実家に向けて出発することになってしまった満。
「女になっちゃったときはどうしよう……」
満は後部座席に座って、すごく難しそうな顔をしている。
「なっちゃった時はなっちゃったときね。一応、対策できるようにはしたけど、だまし通すのは難しいとは思うわ」
母親は、隣に置かれた紙袋を見るように満に伝える。
袋の中身を見ると、満の髪色と髪型をしたかつらと、胸を潰して平らにするためのシャツが入っていた。
「ウィッグとナベシャツね。ナベシャツは着方を間違えると胸が垂れちゃうから気を付けて」
「あ、うん、ありがとう」
女になってしまった時は、変装するしかないというわけで、昨日の段階で用意してきたらしい。どこで売ってたのだろうか。
母親の行動力にびっくりすると同時に、感謝もする満である。
両親の実家は家から少し遠く、山の中にある小さな町だ。村じゃなくて町。
のどかな田園風景の広がる、昔ながらの風景といった場所になる。
高速道路を飛ばすこと2時間ほどで着いてしまったのだが、そこは普段満が住んでいる場所とは明らかに風景が違っていた。
「ふぅ、ここは少し不便だけど空気がおいしくていいわね」
「ああ、時たま帰りたくなるが、普段は仕事が忙しいから、こういう時にしか戻れないんだよな」
満の両親は実家まで戻ってきて背伸びをしている。
言葉から分かる通り、ここは父親の実家である。
「おお、よう戻って来たな。ふむ、貫禄が出てきたものだな」
「俺だってだてに年は取ってないぞ、父さん」
祖父の言葉に、困った顔をする父親である。
「ふん。息子はいつまでたっても息子じゃよ。おお、満、久しぶりじゃな」
「お久しぶりです、おじいちゃん」
声をかけられて反応する満。つい畏まった感じで挨拶をしてしまう。
「滅多に会わん爺だけに、緊張しておるのか。相変わらず愛い奴よな。ほっほっほっ」
恥ずかしそうな顔をしている満を見て、祖父は大きな声で笑っていた。
「外は暑かろうて。さっさと上がりなさい」
「はい、お邪魔します」
出迎えた祖父の案内で、満たちは家の中に入っていく。
満の父親の実家は、瓦屋根の平屋である。
ただ、ちょっと田舎ということもあって、土地が広い。そのため、平屋でもどうにかなっている。
祖父は田んぼと畑を持っていて、そこで採れた米や野菜がしばしば食卓に上る。実に田舎ながらの光景である。
ただ、今年の夏も暑いせいか、セミの鳴き声は年々聞こえなくなっている。こんなところにも温暖化の影響は出ているようだ。
「それにしても、今年は早かったな」
「ああ、盆休みがいつもより早かったからな。土日祝日が休みのカレンダー通りの会社だからな」
「なるほどのう。まあ、その分孫にも早く会えたんだ。文句はあるまいて」
祖父は満に顔を向けながら笑っている。温かい笑みなので、満はつい恥ずかしそうにまごまごしてしまう。
「他はまだ戻ってきてないのか?」
「今のところお前だけだぞ、久志。他は日曜になるまで戻って来んから、しばらくは満に構っておるかのう」
「おいおい、父さん。独り占めされても困るぞ。俺たちの息子なんだから」
あまりにも孫に甘い祖父に、父親も困った顔をしている。
「おい、母さんも何か言っておくれ」
「あらあら、おじいさん。久志を困らせちゃダメですよ」
「ほっほっほっ、分かっておるわい」
祖母がひょっこり顔を出して祖父を注意していくが、祖父はまったく聞く様子はなかった。
これには父親も困ったものである。
「まあまあ、年数回しか会わない孫なんですから、可愛がらせてあげなさいよ。今年は正月に戻ってこれなかったんですからね」
「うう、まあ、……そうだな」
母親にも言われてしまえば、父親はもう黙るしかなかった。
満が嫌だと言い出すまで、祖父に好きなだけ構わせることにしたのだった。
「満や」
「なあに、おじいちゃん」
「何か困ったことはあるかえ?」
唐突な祖父の質問に、満はきょとんとしてしまう。
「特にはないですけど、どうしたんですか、おじいちゃん」
笑顔のまま答えると、祖父はどこか困ったような顔をしていた。
これには満は戸惑ってしまう。
困ったことといえば、体質のことくらいしかない。だが、それは両親や幼馴染み以外には言えないことだ。なので、満として困っていることは実質何もないのだ。
正直に答えたのに、なぜ困らせてしまっているのか。満はそのせいで困惑しているのである。
「父さん、満を困らせないで下さいよ。孫に構いたいのは分かりますが、無理に言わせるようでは困りますよ」
「そ、そうか。満、すまんかったのう」
「あ、いえ。僕は大丈夫ですよ」
祖父の謝罪に、満はさらに困ってしまっている。
その表情は、「何か悪いことしちゃったかな」という表情そのものである。
「とりあえず、わしのことはいいから荷物を置いてきなさい。部屋はいつものところだから、分かるじゃろう?」
「あ、はい。それじゃそうします」
祖父はこれ以上困らせまいとして、満を解放する。
「まったく、満の不器用なところは父さんそっくりですよ」
「そうか。苦労はしておらんか?」
「さあ、どうでしょうかね……」
なんとも曖昧な答えを返す父親である。
こうして始まったお盆の生活。
何事もなく過ぎ去るのだろうか。ちょっぴり不安になる父親なのであった。