第211話 一芸とこだわり
家に戻った満は、パソコンを立ち上げている。
いつものように光月ルナのソフトを立ち上げると、新着メッセージがあった。
何だろうかと確認してみると、世貴から新しいものを追加したというメッセージだった。
『満くんへ
光月ルナの衣装に、水着と登山服を数種類足しておいたよ
あと、小道具もいくつか追加してあるから見ておいてほしい
今後の配信も期待しているから、ぜひ使ってみてくれ』
メッセージにはこう書いてあった。
水着はアバター配信者コンテストで着たものだけではなかったのだろうか。満は疑問に思いながら新着タブからメッセージの内容になった追加分を確認する。
「世貴兄さん……、やりすぎなんじゃないかな」
内容を見て呆れていた。
アバター配信者コンテストで披露した水着以外にも数種類の水着がある。登山服も二種類だ。
小物はスイカとスイカ割りの棒、線香花火に打ち上げ花火、なぜか蚊やり豚まであった。
確認をしていると、もう一度新着メッセージが到着していた。
『追伸
背景は間に合わなかったので、小物だけですまないな
お盆は実家に帰らなきゃいけないんで、しばらく追加はできそうにない
本当にごめん』
まったくもってマメで律儀な世貴である。
デザインは羽美が担当しているだろうに、この二人の仕事の速さはシャレにならなかった。
「お礼、しとかなくっちゃな」
さすがにこれだけ与えられていて何もお礼をしていない現状に満は怖くなってきていた。
せめてギフトカードくらいは贈っておこう。そう思う満だった。
チェックを終えた満は、お風呂に入って夕食を食べる。
プールでの着替えは恥ずかしがる満だが、自分の姿にはもうなんとも思わなくなっている。自分の女性の姿には慣れたものの、他人となるとそうはいかないようである。難しい年頃なのだ。
母親からの質問攻めは適当にかわしながら、満は自分の部屋へと逃げ込む。
今日は水曜日なので、真家レニの配信があるのだ。
最近はすっかりリアルが忙しくなったのか、週三回が週二回に減っている。ただ、休む曜日が固定ではないので、事前の配信告知はチェックしていないと厳しい。
満はわくわくしながら配信の時間を待っている。
夜の9時を迎え、真家レニの配信が始まる。
「こんばんれに~。レニちゃんだぞ☆」
『こんばんれに~』
『配信助かる』
真家レニがいつもの挨拶を決めると、コメントが挨拶で流れていく。相変わらずの人気である。
「最近は配信が不定期でごめんね。ちょっとリアルがばたついてて、落ち着いて配信が行えないのだ」
『リアル大事』
『おこk』
真家レニが謝罪をしているものの、リスナーたちも理解が早い。
『配信を続けてくれるのなら、いくらでも待つぞい』
なんとも優しい世界である。
「嬉しい限りだなぁ。レニちゃん、奮発しちゃうぞ☆」
『おっ、なんだなんだ』
『期待age』
「にしししし。アバ信コンテストを見ていて、いろいろ刺激されたのだ。というわけで、レニちゃんの夏限定新衣装をお披露目なのだ!」
『重大発表ってそれかい!』
『これは期待しかない』
『レニちゃんの水着ktkr』
真家レニの発言に、リスナーたちは大歓喜である。
「ちょっち着替えてくるから、待っててね☆」
真家レニはそういうと、フレームアウトしていく。
しばらく待つと、いつもの服装とは違った活発そうな水着姿を披露していた。
「いやぁ、パストリの規定に違反しないような衣装となると、デザインが大変だったよ。レニちゃんのイメージ的にホットパンツにしてみたのだ」
水着のデザインはセパレート。ビキニタイプのようだが、PASSTREAMERの規定に違反しないようにと、デザインに苦労の後が見える。
『眼福眼福』
『ああ、ここが天国だったか・・・ ¥10,000』
リスナーたちは反応様々である。
『パストリ、胸部の規定が曖昧だからなぁ』
『谷間、普通の服だとOKなのに、水着はNGだもんな。わけ分からん』
「そうそこ。レニちゃんの苦労ポイントはそこなのだ。仕方ないからビキニの上からチューブトップをかぶせてみたよ」
『てか、太もものガーター、よく見たらパスタやんけwwwww』
『ほんまや!』
『あくまでパスタかよwww』
『そんなこと言ったら、左の二の腕に巻きついてるのもパスタだぞ』
『こ だ わ り が ひ ど い』
「にしししし、褒め言葉として受け取っておくよ」
実に楽しそうである。
「それじゃ、今日はあまり時間が取れないから、早速イラストいっちゃいましょう」
『おっ、超絶変態技巧のおでましだぁっ!』
真家レニの左上にキャンバスが表示される。
にこにことした真家レニはくるりと後ろを向き、キャンバスにイラストが描かれ始める。
『狸小路やんけ』
『ホントだ。コンテスト優勝の稲荷だ』
なんと真家レニが描き始めたのは、アバター配信者コンテストで優勝した狸小路稲荷だった。
『てか、また描き順がおかしいwwwww』
『耳からと思ったら、次がしっぽてwww』
『表情がいかにも化かしそうじゃまいかwww』
リスナーたちが笑っている間に、狸小路稲荷のイラストが完成してしまっていた。
『相変わらず速いなぁ』
「はい、描き上がりました。今回のイラストはご本人様に送らせて頂いたのち、PAICHATに掲載しますのでお楽しみに☆」
『特徴よく捉えてる』
『レニちゃんくらいの絵を描きたいぜぇ・・・』
「それでは、今日の配信はこれまで。おつれに~」
『おつれに~』
『おつれにー』
こうして、久しぶりの真家レニの配信を堪能した満は、しばらくぼーっと椅子にもたれ掛かっていた。
「う~ん、僕ももう一芸くらい身に付けた方がいいかな……」
女子会の帰りだったこともあって、満はふとそんなことを思ったのだった。